扉
「おや。てっきり、もう帰ったものだと思ってたけど……まだ残っていたんだね、トルテくん」
「うるさいっ! お前にゃ関係ねーだろっ」
「関係あるさ。君みたいなマヌケに着いてこられたんじゃ、邪神討伐がどれだけ遅れるか分かりゃしないもん」
「べ、別に、迷惑なんか掛けないさ! いいから、ちったあ黙ってろっ!」
ちょっかいを掛けてくるラザニアに、怒った顔で言い返す。
彼は器用に片眉だけを上げて、ちょっと呆れたふうに向き直った。
い、いちいち腹立つヤツだなあ!
……そりゃ、まあ、さっきは凄くイヤな気分になったさ。
もう帰ろうって、何度思ったか分からないくらいにね。
だけど、なぜだろう。
どうしても投げ出す気にはなれなかったのだ。
でも、それは別に、義務感とか正義とか、そういうのじゃなくって。
何というか……そう。
きっと、意地になっていたのだ。
ここまで来たら引き下がってやるもんか、っていうか。
何が何でも着いて行ってやる、っていうか。
ああまで言われた挙句、黙りっぱなしなんかイヤだっ、みたいな。
そうだ、ああまで言われて……。
うう、畜生め、思い出すだけで死ぬほどイライラしてきたぞっ!!
ぬぐっ、落ち着け、落ち着くんだ。
平常心だ平常心。
目を閉じて、呼吸を整えりゃ、気持ちも落ち着くはず――
「……おい、見ろ」
「な、何なのだ、あのチビが背負っている巨大な剣は」
「分からぬが、濃密な闇のエナジーを感じるぞ……」
「もしや……伝承に残る、邪神の手で汚された聖なる剣の成れの果てか?」
「まさか、例の魔剣!?」
「何ということだっ。女神さまに対する冒涜だぞ……!」
「どこまで愚かなのだ、あのトルテとかいう子供は!」
――と思ったけど、今度は耳から入ってくる情報に心をかき乱される。
あああああ、もうっ!
ブルブルと頭を振り――目を開く。
そこは、玉座の間だった。
あれから俺たちは、聖女様に連れられて再びこの部屋に戻ってきたのだ。
相変わらず、たくさんの大臣の人たちがガヤガヤ話し合っている。
まあ、その内容の大半が俺に対する悪口なんだけどね……。
だけど。
一つ、先程までとは明らかに異なっている所があるのだ。
ぽつり、俺は呟いた。
「あれ……一体、何なんだろう」
「だから、説明されてないことを僕に訊かれても困るんだって。ホントに君は物覚えが悪いねえ、今度から鳥頭くんって呼んであげようか?」
「お、お前なんかに訊いてねーんだよこの自意識過剰め! 独り言だよ独り言!」
ラザニアのクソ野郎に茶々を入れられたけど、無視だぜ。
そんなモンはどうだっていいことなのだ。
――あの、ぷかぷか浮かんでる、三つの変テコな“扉”に比べたら!
一枚目は、青紫色で半透明。
二枚目は、全体的に何だか鉄っぽくて、所々からパイプが飛び出してて……。
三枚目は、民族っぽいっていうか、不思議な紋章みたいなのが刻まれてる。
おっかしいなあ。
俺は頭をぽりぽり掻いた。
さっき、この部屋に居た時は、あんなの影も形もなかったのに。
どういうことなんだろう――
「――勇者ラザニアよ。どうやら、突如として現れたこの扉に困惑しているようですね。無理もありません」
そこへ、玉座に座る聖女様が口を開いた。
い、いや、ラザニアだけじゃなくって、俺も困惑してるのになー。
そんな俺の気持ちなど露知らず、てな具合にラザニアの方しか見てない聖女様。
彼女はちょっとカッコつけた感じで言った。
「これは、私の空間を操る魔法で作り出した――魔界へと繋がるワープ扉です」
「ま、魔界と!?」
マジかよっ。
こ、この木の板一枚を潜り抜けりゃ、もう魔界に到着しちまうのか。
最近の魔法はハイテクだなあ。
などと考えていると、彼女は得意げな表情で更に続けた。
「むろん到着位置はランダムではありません。これらはそれぞれ、邪神の配下――三匹の魔王の棲み家に直接リンクしているのです」
ま、魔王……。
邪神の手で生み出された、絶大な力を持つモンスターの親玉のことだっけ。
そうか、なるほど。
邪神をやっつけるのは、まず手下の魔王を倒し、戦力を削いでからってことなのかな。
やがて聖女様は玉座から降り、いちばん左端――青紫で半透明の扉に触れた。
「まずは、こちらの扉をお潜り下さい。私がサーチした限り、どうやらここが最もモンスターの力量が低いようです。ラザニアよ――あなたなら、じっくりとレベル上げをすれば、きっと魔王を打ち倒すことも容易いでしょう」
「お任せください、聖女様。必ずや魔王を打ち取り、期待に応えてみせましょう。そして――報酬には、どうか」
ラザニアはそこで言葉を切り、誰もが見惚れてしまうような微笑みを浮かべた。
聖女様はまたもや頬を真っ赤に染め、照れくさそうに身体をくねらせた。
おおー、と大臣方から歓声が上がる。
……こ、こいつら……。




