侵入
半透明の扉の前に、聖剣を背負い、立つラザニア――
の、横で、ほっぺを叩き気合いを入れ直す俺。
「……あの魔剣のガキ、本気で勇者様に着いていくつもりなのか……?」
「あんなステータスじゃ、魔王どころか、その辺のザコにすらやられかねんぞ」
「なあに、どうせすぐに逃げ帰ってくるだろうさ」
「ま、そうだな。それに、万一のことがあったって、どうせ自業自得だ」
に、飽きもせず侮りの言葉をぶつけ続けるヤツら。
……もう、そんなことにいちいち反応している余裕はない。
この扉の先には、モンスターがウヨウヨいる。
人間の世界を奪わんとする、邪悪な怪物どもが。
きっと、こっちが子供だからって手加減なんかしてくれないだろう。
痛い思いをすることだって、きっと山ほどあるはずだ。
それでも行くのか?
「あーあ、これで完全に帰るタイミングを失っちゃったね」
隣から響く、聴き慣れた嘲り声。
目だけを動かす――振り向くつもりはなかった。
もっと嫌な気分になることが分かりきっていたからだ。
「まあ、別に君がどこでどんな目に遭おうが、僕の知ったことじゃないけどさ。どうせだったら邪神討伐の役に立つようにやられてくれよ? 例えば、そうだな……ピンチに陥った僕の盾になるとか! ははは、そしたらきっと伝説にも残る――」
「黙れっ」
ヤツのマシンガントークを、短く、だけど力強く遮る。
ラザニアは物凄く不愉快そうな顔をしたけど――結局、肩を竦めただけだった。
それでも行くのか、って?
ふざけんなっ。
行きたいワケねーだろっ!
でもっ。
……でもっ……!!
「――では、扉の鍵を」
聖女様は、緊張した声を上げたのち、掌を突き出した。
途端――ほんの一瞬、扉が金色の光に包まれ――やがて、元に戻った。
「これでいつでも出発できます。どうか、ご武運を」
言って、彼女はラザニアに熱っぽい視線を――
俺には物凄く冷めた感じの視線をぶつけ、玉座に戻っていった。
畜生、もうどうにでもなっちまえっ!
ぎゅっと両手を握り締めて、俺は扉の前へ進み出ようとして――
「んぎゃっ!」
ぐい、とラザニアに突き飛ばされた。
「思い上がるなよ、チビ助。最初に魔界へ足を踏み入れるのは、この僕だ!」
「……そ、そうかよっ」
よろよろと立ち上がる俺へ、ふんと鼻息をぶつけ。
ラザニアはドアノブに手を触れる。
そして――ゆっくりと、開け放った――
瞬間。
――びゅごおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!
「お――わああああああっ!?」
「ぬおおおおっ、な、なんだ、この風はっ!?」
「さ、寒い……凍えそうだっ……!!」
「駄目だ、早く扉を閉じろ!!」
「お願いします、聖女様――このままでは――!!」
突如として、凄まじく冷たい風と雪――吹雪がなだれ込んできたのだっ!!
や、ヤバいぞ、これはっ。
辛うじて足を踏ん張る――吹っ飛ばされないように耐えなきゃっ――
だけど、物凄い勢いでHPが減っているのを感じるぜっ。
このままじゃ、邪神どころか、魔界に入る前にやられちまうよ!
しかし、聖女様はショックで突っ立っているばかりだ。
おいおい、何やってんだよ、聖女様!
彼女は茫然とした様子でブツブツと呟いている。
「そ、そんな――以前のサーチではこんなこと起きなかったのに――まさか、ワープの魔法をしくじった!? ううん、私が失敗するなんてありえない……じゃあ、一体何が、いえ、誰が――」
あああ、まずい、まずいぞ。
とにかく、どうにかして扉を閉めないと――
「あら、分からないの? 聖女様ともあろう者が、情けない」
――そう思った瞬間、突如として、不思議な声が響き渡り。
ぴたりと、吹雪が止んだ。
何なんだ、畜生、さっきから一体何が起こっていやがる!?
俺も、俺以外のヤツも、とにかく誰もがパニック状態に陥っている中――
「お、おい! 見ろ、あれをっ――!」
大臣の中の一人が天高くを指差した。
釣られて俺たちも、その先を見上げ――そして、凍り付いた。
「さて。例え下賤な人間相手と言えど、まずは初めましてを言うべきでしょうね」
病気か何かと心配になるくらいに青白い肌。
緩いウェーブと、透き通るサファイア色が印象的な長い髪。
髪と同じ色の瞳と涼やかな目元、整った顔立ち。
フリルに包まれた、上品な感じのドレス――年は多分、俺より少し上。
――そして。
「これで、最低限の礼儀は果たしたかしら? では、醜いケダモノの皆様」
背中から伸びた、真っ黒な翼。
「――さようなら」
間違いなく、凄まじい力を秘めた――モンスターが。
空中に、浮かんでいたのだ。




