第3話 お名前は?
翌日。
昨日より早い時間だったが、時刻はもう21時を回っていた。
「……はぁ」
直人は、駅からの夜道をとぼとぼ歩く。
今日は大きなトラブルはなかったものの、レビュー依頼や仕様確認が重なり、結局帰りは遅くなった。
コンビニで買った夕飯の袋をぶら下げながら、直人はぼんやり考える。
――昨日のあれ、夢じゃないよな。
テーブルの上に残っていた空の皿。
すっと消えていった小さな女の子。
座敷童。
疲れすぎて幻覚を見た可能性も考えたが、それにしてはすごくリアルだった。
アパートに着き、鍵を開ける。
「ただいまー……」
すると。
「おかえり、おじさん!」
元気な声が飛んできた。
部屋の隅。
赤い着物姿の少女がちょこんと座っていた。
「……いた」
「いるよ?」
当然のように返される。
「きょうもおそかったね」
「まあねぇ。ちょっと忙しくて」
「おしごとたいへん?」
「うーん、まあ、そこそこ?」
本当はかなり疲れていた。
肩も重いし、目もしぱしぱする。
部屋に一人きりでないだけで、部屋の空気が少し柔らかい気がした。
直人は上着を脱ぎながら、ふと思う。
「あ、そういえば」
「?」
「君の名前は?」
少女は不思議そうに首を傾げた。
「ざしきわらしだよ?」
「……それは種族名というか」
「しゅぞく?」
「えっと……猫に『猫です』って言われてる感じというか」
「ねこ?」
通じているのかいないのか微妙だった。
直人は苦笑する。
「友達とか、みんなにはなんて呼ばれてるの?」
少女はきょとんとしたまま答える。
「ざしきわらしだよ?」
「そ、そっかぁ……」
まさか本当にそう呼ばれているとは。
少女は逆に不思議そうだった。
「どうかしたの?」
「いや、その……座敷童って呼ぶのもどうかなって思って」
「へんかな?じゃあ、すきによんでいいよ?」
「そんな軽い感じなんだ」
「うん!」
にぱっと笑う。
直人は腕を組んで考え込んだ。
座敷ちゃん。
童ちゃん。
ざっしー……いや違うな。
どれもしっくりこない。
少女はわくわくした様子で見上げてくる。
「なまえ、かんがえてる?」
「まあ、一応」
「どんなの?」
「いや、まだ決まってない」
直人は視線を天井に向けた。
座敷童。
ざしき。
しき。
……あ。
「しきちゃん、ってどう?」
少女はぱちぱちと瞬きをした。
「しきちゃん?」
「うん。座敷の“しき”」
数秒の沈黙。
次の瞬間。
「しきちゃん!」
少女は嬉しそうに声を上げた。
「しきちゃん、しきちゃん!」
ぴょんぴょん跳ねながら繰り返している。
「気に入った?」
「うん!」
満面の笑みだった。
「それがいい!」
その笑顔を見ていると、なんだかこちらまで嬉しくなる。
直人は思わず笑った。
「じゃあ、今日からしきちゃんだな」
「うん!」
しきちゃんは得意げに胸を張る。
「おじさんがつけてくれた!」
「まあ、そんな大したものじゃないけど」
「うれしい!」
妙に力強かった。
それからしきちゃんは、何度も自分の名前を確認するように呟いていた。
「しきちゃん……えへへ」
そんなに喜ぶとは思わず、直人は少し照れくさくなる。
「名前くらいで大げさだなぁ」
「だって、おじさんがよんでくれるから」
その言葉に、直人は少しだけ目を丸くした。
呼ばれる名前がある。
それが嬉しいのかもしれない。
直人自身、誰かをあだ名で呼ぶことなんてほとんどなかった。
会社では名字ばかり。
プライベートで親しく話す相手も少ない。
だからか。
自分のつけた名前をこんなに喜ばれるのは、なんだかくすぐったかった。
「……よし」
直人はコンビニ袋を持ち上げる。
「今日はハンバーグ弁当買ってきたけど、食べる?」
「たべる!」
即答だった。
「元気だなぁ」
「しきちゃんだから!」
「なんだよそれ。」
「えへへー」
しきちゃんは嬉しそうに笑いながら、机の前へ向かう。
その小さな背中を見て、直人はふっと肩の力を抜いた。
仕事は相変わらず忙しい。
疲れもなくならない。
でも。
「……誰かがいて、ただいまって言ったら返事があるの、いいな」
ぽつりと漏らした言葉に、しきちゃんが振り返る。
「?」
「いや、なんでもない」
「へんなおじさん」
「うるさいな」
2人の笑い声が、静かな部屋に小さく広がった。
名前はしきちゃんに決めました!
いかがですか?
名前の予想は当たりましたか?
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誤字脱字などあったら、教えてください><
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