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壊れた空の迷い星  作者: 葉里ノイ


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18/20

18-キラキラの穴


 ペンギンに添い寝されて星火(せいか)が眠っている間、スイは与えられた玩具――旧時代のスティック型携帯端末に夢中になり、ニナとナナは拾ってきたカンテラを磨いていた。カンテラを持っていないニナのためにスイは作ると言っていたが、予想外のことが立て続けに起こり、作る前に集落で見つけてしまった。もう持ち主のいないカンテラは幾つも転がっていて、一番状態の良い物を選んで持って来た。汚れを拭き取ると新品とまではいかなくてもかなり綺麗になった。

「……このくらいでいいかしら。後は灯し石を取り付けて」

「はい、ここに」

 ニナは真剣な顔で自分の鞄から灯し石を取り出す。やっと使う時が来た。

 それを受け取り、四角いカンテラの蓋を開けて底に下ろす。カチリと音がすると設置完了だ。

 試しに底にあるスイッチを動かし、明かりが灯るか確認する。何度か動かし、問題なく灯る様子を見守る。

「できたわ。落としたら灯し石が外れるかカンテラが割れるから、転んで叩き付けないようにね」

「ありがとうナナちゃん! 気を付ける」

 初めての自分だけのカンテラだ。ニナはこれから末永く世話になるカンテラの頭を撫でて大切に両手で受け取った。

「これにも星を付けたい。星は縁起がいいってセイが言ってた」

「へぇ、初めて聞くわ」

「魚が水に沈んでいくと泡がたくさん昇って、その泡が星みたいに見えるからだって。だからセイの家は名前に星を付けるって言ってた」

「狂ってるのかロマンチストなのかわからないけど、いいわね。私も付けたいわ。何かないか探しましょ」

「でも集落の中はもう全部歩き回ったよ。外に行くの?」

「実はね……見逃してる場所があるのよ」

「え!? 知らなかった……見逃してた」

「這わないと中に入れない小さな穴があるの。その穴、最初は無かった」

「無かった? ど、どういうことかな……勝手に生まれた?」

「畑が侵蝕して魚に荒らされて、その振動とか、魚が直接体当たりしたとかで空いたんだと推測してる」

「つまりその穴……畑の近くにある!?」

「そうよ。意外と理解力がいいわよね、ニナ」

「えへへ……褒められた」

 手と目は端末に集中しているが壁に凭れて二人の会話に聞き耳を立てていたスイは、気になる話題に思わず二人を一瞥した。それを予想していたのかナナと目が合い、スイは冷汗を流しながらゆっくりと目を逸らした。

「盗み聞き野郎」

「煩い……」

「一緒に行きたいの? 残念ね、男は通れなさそうな小さな穴だったわ」

「そんな小さな穴なら、ニナはともかくお前は通れないだろ」

「私の何処がつっかえるって?」

「…………」

 冷ややかな目に見詰められ、スイの背に冷たいものが流れ続ける。胸とは言えなかった。言える雰囲気ではない。

「まあいいわ。穴が小さければ、広げればいいだけのこと」

「野蛮な……」

 立ち上がるナナに睨まれ、スイは言い掛けた言葉を呑み込んだ。そんなに簡単に開く穴なのだろうか。崩れなくて良い壁が崩れはしないのだろうかと疑問がある。

「行くわよ、ニナ」

「はい隊長」

 ニナは自分のカンテラを大事に持ち、先に行くナナの後を追った。スイは無言で二人の背中を見送り、携帯端末に視線を戻す。

(……畑の方って、危ないんじゃ……?)

 スイは眠る星火とペンギンの方を一瞥し、腰を上げるか迷った。

 静寂が支配する居住区を抜け、二人は気合いを入れて農園に入った。水と魚に空けられた地面の穴は一層大きくなっている。

「わ……これは歩いても大丈夫?」

「穴の端は駄目よ。最低でも一メートルは離れて」

「わかっ……ナナちゃんに付いて行く!」

「お利口ね。私の体重で足元が崩れないなら、ニナの体重なら余裕だものね」

 ニナはそういう意味で言ったわけではなかったが、褒められたのだから頷いておく。本当は怖いから先に行ってほしかっただけである。

 壁際を歩くナナに付いて進み、畑の奥へ回る。大きな穴の下にある暗い水面は微かに揺れている。

「……魚、飛び出してこないかな?」

「飛び出してきたら斬ってあげるわよ」

「頼もしい」

 ナナは強い。それは何度も見た。ニナも安心して笑顔になる。

 大きな穴の近くに、ナナが見つけた小さな穴が確かにあった。壁の下の方に黒い穴が空いている。明かりがないと壁と同化して、穴があると気付けない。

 その前に蹲み、ナナはカンテラを暗い穴の中へ向けた。

「目の良いニナ。何か見える?」

「! 私の出番があるとは思わなかった」

 ニナも彼女の隣に蹲み、穴の中へ目を凝らす。壁は厚く、その向こうまであまり光が届いていない。

「ちょっと難しい……暗い」

「そう? じゃあ入って確かめましょ」

 カンテラを引こうとして、ニナが慌てたように声を上げた。

「何か光った!」

「光った?」

 カンテラを動かしたことで光が動き、変化があったようだ。カンテラの角度を変え、穴の奥へ腕を伸ばす。

「どう?」

「キラキラ光ってる気がする」

「キラキラ……あんまりいい言葉じゃないわね。水かしら?」

 すぐ横の農園が侵蝕されているのだから、壁の向こうが水浸しでも不思議ではない。

「水だったら魚に挟み討ちされちゃうよ……」

 穴に入る前にもう少し情報を得ようと、ナナは近くの小石を拾った。カンテラを置き、穴の中へ、できるだけ遠くへ石を投げた。

 静かな農園に、石同士がぶつかるような硬い音が微かに響く。

「水音は聞こえないわね。入ってみるわ。ニナは先か後、どっちにする?」

「えっ」

 先に入ると、何があるかわからない壁の向こうから魚が襲って来るかもしれない。後に入ると、畑の方から魚が飛び出して襲って来るかもしれない。どちらも油断できない。

「ぐぅ……経験豊富なナナちゃんはどっちがいいと思う……?」

「どっちでもいいわよ。私がつっかえた時、引っ張るか押すか、好きな方を選びなさい」

「じゃあ後にする……つっかえたらセイかスイを呼びに行く」

「できれば星火に頼んでほしいわ」

 スイを呼べばまたいらぬ口論をしてしまうだろう。時間の無駄だ。その点、星火なら安心だ。信頼している。

 ナナは穴の前で四つん這いになり、考え直して伏せた。匍匐前進でないと通れない。

「穴は広げないの?」

「遣ってもいいけど、崩れそうなのよね。もし通ってる時に後ろから魚に体当たりされたら、生き埋めになりそう」

「わぁ……怖くなってきた……」

「大きな音や声を出さなかったら大丈夫よ。水溜りは静かだから」

「本当?」

「水の中を覗いて確かめる?」

「い、いい……ナナちゃんの頭が無くなっちゃう……」

 以前に頭が無くなったと勘違いしてしまった出来事があったが、水を覗くなんて今度こそ本当に頭が無くなってしまいそうだ。

「怖いなら待っててもいいわよ。こんなこと、強制するものでもないし。行ってくるわね」

 星火相手のように揶揄おうとしたナナだったが、ニナは本気で怖がっている。子供を怖がらせる大人にはなりたくないナナは、笑ってカンテラを咥え、穴に頭を突っ込んだ。

 散々つっかえるかと話していたが、ナナは止まることなく匍匐前進で穴を進む。

 ニナは水の方を見、何も覗いていないことを確認してから穴にカンテラを向ける。ナナの靴の底が見える。

 壁の厚みは三メートル程のようだ。穴を抜けて立てるようになったナナがニナの方を覗く。

「ニナ、入って大丈夫よ。見える範囲に水は無いわ」

「よ、よし。私も行く」

 ナナのようにカンテラを咥え、ニナは肘を立てて穴に入った。

 出口はすぐなので、疲れる前に立ち上がれる。穴の先には大きな空間があった。ニナも暗い空間にカンテラを翳す。

「わ、あ……氷だ!」

 その広い空間は壁も足元も天井も、全てが凍り付いていた。カンテラの光を受けてキラキラと光っていたのはこれのようだ。見渡す限り無色透明の尖った氷が突き出して光を反射している。

「氷じゃないわよ」

「え!?」

 無色透明で石のように硬そうなそれは氷にしか見えなかった。

「触ってみなさい。冷たくないから」

 キラキラと綺麗なそれに恐る恐る触れる。ひんやりとするが、冷たくはない。氷のようなのに氷ではない。

「あっ、もしかして硝子?」

「違うわ。先が尖った六角形の結晶、これは鉱物の水晶よ」

「すいしょ……?」

「穴の中は晶洞になってたのね」

 見渡す限りにびっしりと生え、どれもがカンテラの光でキラキラと輝いている。まるで美しくカットされた宝石のようだ。

「ニナには石だって言った方がわかりやすいかしら」

「石なの? 綺麗!」

 これは鞄に入れても良い物だろう。ニナは六角柱を一本折ろうとし、だがびくともしなかった。

「駄目だ……持って行けない……」

「後で叩き折ってあげるわ。硬度は少し硬めだけど、折れない物はないでしょ。先に奥に行ってみましょ」

「ナナちゃんの力は全てを解決する」

「嫌だわ、人をゴリラみたいに」

「手で叩き折らないよね?」

「さすがに素手は無理よ」

 見上げれば美しいが、足元は硬い棘の塊のようだ。靴底に尖っている部分が突き刺さる。足ツボを刺激する敷物のようだ。

「綺麗だけど歩き心地は良くない……」

「絨毯にする物じゃないってことね」

 歩行に時間は掛かるが、歩けない程ではない。転ばないようゆっくりと歩く。転ぶと絶対に痛い。ニナは屁っ放り腰だ。

 然程歩かない内に、水晶以外の物が目に入る。大きな結晶の陰に、灰色の大きな花が生えていた。

「ひっ! ……びっくりした。これも石……?」

 ニナの身長よりも大きな花だった。椰子の木のようにも、箒のようにも見える。一本の茎の先に羊歯(しだ)の葉ような物が放射状に生えていた。

 ニナは一歩下がるが、ナナは躊躇なく刀を納めた鞘で灰色の花を突く。硬い音がした。

「石ね。彫刻? それとも……化石って奴かしら? 化石って土に埋まってる物だと思ってたわ」

「ナナちゃん! あっちにも同じのがあるよ。いっぱいある!」

「あら」

 指差す方へ目を向け、カンテラを翳す。確かに同じ形の灰色の花があちこちに生えていた。全く同じではなく、角度がどれも微妙に違う。

「この形……もしかしてウミユリかしら? ちょっと大きいけど現代じゃ驚くことでもないわ」

「ユリ? ユリって花があるのは知ってるよ! 見たことはないけど。こんな形なの?」

「そのユリは植物ね。ウミユリは動物よ」

「動物ってことは動くの!?」

「これは石だから動かないわよ」

「何で石になってるの……?」

「それはわからないわ。旧時代の常識に当て嵌めると晶洞ができるには熱水が必要だし、ウミユリは海の底……どっちも水に関係してる。畑の侵蝕と言い、何でこんな所に集落なんて作ったのかしら……」

 ぶつぶつと呟きながら考えるが、現代で見つかる資料は旧時代の物ばかりだ。現代は随分と変わってしまったが、その知識が蓄えられている場所が無い。

「不思議がいっぱいだね」

「調べようにも知識が無い。でも私はわからないままも好きよ。わからない方が浪漫がある場合も」

 和やかに話している最中に、大きな音が空洞を揺らした。

「な、何!?」

 足を滑らせたニナは、近くにあった大きな結晶に掴まって事無きを得る。

「あー……これは遣っちゃったかも」

「遣っちゃった!?」

 ナナは落ち着いて小さな穴に戻った。ニナも困惑しながら後を追う。

 二人が通った小さな穴は、崩れた土によって隙間無く塞がれていた。

「ナナちゃん! 出られないよ!?」

「どうするか……奥に行って他に穴がないか探すか、この土を掘るか」

「掘れるの?」

「一度は崩れたんだから掘れるでしょ。道具が無いから手で掘るしかないけど」

「手か……」

 ニナは自分の小さな両手を見下ろす。一度に掻き出せる量は少ない。ナナの手はニナよりも大きいが、男性ほど大きいわけではない。

「ナナちゃん……」

「何? 泣かないでよ?」

「頑張って掘る……」

「じゃあその間に私は奥を見てくるわ」

「え!? 行っちゃうの!? じゃ、じゃあそっちに行く……」

 踵を返すナナに慌てて付いて行き、転びそうになる。

 先程の揺れの所為なのか元々なのか、灰色の花が折れて転がっている。このままここに居ると自分まで石になってしまいそうな気がして、ニナは怖くなってきた。

「……止まって」

 周囲を見渡しながら歩いていたナナが突然立ち止まった。ニナも慌てて足を止める。

「穴、見つかった……?」

「穴と言えば穴なのかしら? 水があるわ」

「え? ……あっ、本当だ……石が透明だから気付かなかった」

 水は水面が揺れないと水だと気付き難い。更にここは水晶で満たされているのでカンテラの光の反射も当てにできない。

 凸凹と飛び出した結晶の間に入り込んだ水は、奥へ向かって深くなっていく。光の届かない先は、地面の水晶が見えないほど水に覆われていた。

「ニナはそこにいて。水を覗くから」

「の、覗くの!? 魚が出てこないかな……」

「出てきたら斬るわ」

 ナナは臆せず刀を抜き、カンテラを翳して前進する。できるだけ音を立てずに静かな水面を覗き、カンテラの角度と目線を変える。

 水と水晶の境界も曖昧な透明度だ。奥の底までとはいかないが、水の中が見えた。

 それを確認して刀を鞘に仕舞い、戦々恐々と待つニナの所へ戻る。

「ど、どうだった?」

「その辺にある石の花が生きてたわ」

「石が生きてる!?」

「石になってない花なのか、石から花になったかはわからないけど。石が先か花が先か。この石だって自然じゃなくて人工物かもしれないし」

「難しい話になってきた……。生きてる花は襲ってくる?」

「走って追い掛けてはこないわよ。動物だけど地面に生えてるし」

 ウミユリは棘皮動物だ。鰭や尾を持ち自由に泳ぐ魚ではなく、ウニやヒトデの仲間だ。動くが鰭を持つ魚ほど自由ではない。

「水に入ったら襲われるかもしれないけど、入らないから平気」

「それなら安心……?」

「他に魚はいなかったわ。そんなに大きな魚が隠れられそうな所は近くに無かった。遠くは見えなかったけど、少なくとも逃げられるだけの距離はある」

「それは朗報」

「水の方には行けないから、他の場所を見てみましょ」

 再び歩き出して数歩ほどで、また晶洞が揺れた。先程の音に似ている。入ってきた穴を掘ることができるのか、怪しくなってきた。

「外の魚は元気だな……」

「ニナ!」

「え?」

 続く揺れの中で、ナナがニナに飛び掛かった。滅多に見せない、いやニナは彼女のそんな顔を初めて見た。いつも余裕と冷めた目をしていた彼女に焦りと人間らしい感情が見えた。

 そう考えられたのも一瞬で、ナナはニナに覆い被さるように倒れた。

「え……? ナナちゃん!?」

 ナナの頭に、天井から落ちてきた大きな結晶が直撃した。正確には、ニナの上に落下しようとしていた結晶だ。

「ナナちゃん!」

 倒れたまま動かないナナを揺すって起こそうとし、手が止まる。

(頭を打ったらあんまり頭を動かさないようにって前に星火が言ってた……)

 それは教団の集落にいた頃の話だ。毎日退屈をしていたニナに、星火が雑談の一つとして教えたことだった。教団は何があってもニナを生かそうとする。ならばと、万一怪我をした時のために星火は少しばかりそういったことも教えていた。小さくて力も乏しいニナにはできることが限られる。その彼女にできるだけのことを教えた。

 ニナはその時のことを思い出し、恐る恐るナナの頭に触れる。

(良かった……血は出てない。でも凄く大きいコブがある。痛そう……じゃなくて、冷やす……)

 背負っていた鞄を下ろし、布を一枚取り出す。そして振り向いて唾を呑んだ。

(み、水で冷やす……頑張る……)

 晶洞の奥の水溜りは、端から突然地面が無くなっているわけではない。浅い場所がある。

(だ、大丈夫……ナナちゃんは魚はいないって言ってた。煩くしなかったら大丈夫……)

 布をくしゃくしゃに丸めて握り締め、意を決して一歩踏み出そうとしてまず頭上を見上げた。ナナを倒したように、他の結晶も落ちてくるかもしれない。結晶が落ちた場所はすぐにわかった。結晶の奥にあった土が剥き出しになっている。結晶は折れたわけではなく、振動で剥がれたようだ。

 他の結晶も剥がれるかもしれないが、ニナの力ではナナを運べない。落ちないことを祈るしかない。

 ニナ程度の足音で結晶が剥がれるとは思えないが、刺激にならないようにそっと歩く。突然靴底から水の音がして驚いて足を引く。

「!」

 透明な結晶の間に流れ込んだ水に気付かなかった。

(びっくりした……でもこれだけ浅かったら安心だよね)

 ナナが覗き込んでいた深い場所まではまだ距離がある。突然水面が騒がしくなっても、ニナでも気付ける距離だ。逃げられるかは別として。

 浅い水に丸めた布を浸し、絞って戻る。帰りは少し早足になった。

 丸めた布を広げて丁寧に畳み、瘤ができてしまったナナの頭に載せて冷やす。

(それから……どうすればいいんだろ)

 助けを呼ぼうにも穴は塞がっている。大声を出せば、水の奥から魚が出てくるかもしれない。魚が出てきたら二人共終わりだ。

(星火は閉じ込められた時の解決法は言ってなかった……)

 こんな状況は滅多にないだろう。彼を思い浮かべると、たくさん助けてくれた彼にももう会えなくなるかもしれないと不安になってきた。

「うぅ……」

 何だか無性に怖くなってきた。大声で泣いてほしいと以前彼は言ったが、こんな所で大声を出したら魚に襲われる。それに結晶が落ちてくるかもしれない。

「星火ぁ……」

 小さな声でか細く呼ぶのが精一杯だった。分厚い壁の向こうに聞こえるはずがない。

「っ!?」

 静かな空間に、また大きな音が響いた。魚が外で暴れているのだ。侵蝕が広がってここももう崩れて埋まってしまうに違いない。

 頭上を見上げると、不安定に揺れる結晶が目に入った。先程剥がれた場所のすぐ隣だ。

 このままではまたナナに直撃してしまう。だがナナを動かすことはできない。凸凹と結晶が突き出す地面は引っ掛かり易く、彼女を引き摺れない。

(ナナちゃんは私を庇ってくれたんだから、今度は私が庇い返す!)

 ニナは大事な頭を守るために彼女に覆い被さった。頭上は怖いので見ないことにした。目を瞑り、覚悟を決めた。犯罪者の末裔の死は、こんな誰も見ていない場所で、呆気ない死で充分だ。

 振動に混ざって頭上で硬い物がぶつかり合う音が空気を裂くように響き、離れた場所で異なる硬い音が跳ねた。


「……大丈夫か?」


 石ではなく声が降ってくる。訝しげな困惑の混じった声だった。

 動きが無いので、折り重なるように伏せているニナの肩を突く。

「ここにいると危ないぞ。せめてもう少し横にズレた方が」

「……?」

 自分が死んでいないことに気付き、ニナは恐る恐る目を開けて不安な顔を上げた。

「生きてる……?」

「大丈夫か?」

 最初の言葉に戻ってきた。目の前に蹲んだ顔を見上げ、ニナは糸で引っ張られたように口を開けた。

「スイ……?」

「おう」

 呼ばれた彼は片手を上げて応える。もう片手には大きなシャベルが握られていた。

「何処から来たの……?」

「お前らが入った穴だ。その……気になって付いて行ったんだ。そしたら穴が崩落して、生き埋めになったと思った。崩落したのはたぶん、畑の方にいる魚が水中で体当たりでもしたんだろ。そんな感じの振動だった」

「スイが……助けてくれたの……?」

「さっき落ちてきた石を打ち飛ばしたことか? 危ないから早く退いた方がいいって」

「スイが……。……うぅ……スイいぃ!」

「え? 何だ急にどうした!? 既に一発当たってたか?」

 死を間近に感じて呆然としていたニナは漸く沸々と実感が湧いてきた。ニナは生きていて、スイが助けてくれたのだ。どの感情が零れているのかわからないが、ぼろぼろと大粒の涙が溢れた。スイは何故泣かれたのか理解できず途惑う。

「一発当たったのはナナちゃんでえぇ……起きなくてぇ!」

「あ、ああ……死んだと思って泣いたのか? 何で寝てんのかと思えば」

「そうじゃないけど……」

 ナナの頭に載っている布を、スイは恐る恐る捲った。出血しているのかと息を呑んだが、布に赤い染みは無かった。代わりに大きな瘤があった。

「そこの石が落ちてきた……」

「石頭だな」

「私を庇ってくれて……」

「じゃあまた石が降ってこない内に戻ろう」

「うん……」

 スイは意識の無いナナを背負い、持てなくなったシャベルをニナに預けた。

 入ってきた穴は一度は塞がってしまったが、最初よりも大きな穴が空いていた。ナナを背負ったスイでも屈めば通り抜けられる程の大きさだ。

「これ一人で掘ったの?」

「掘ったり崩れたりだな。義手の方が素手より力があるから、役に立った」

「凄い……」

「ここのキラキラした石も凄いよな。こんなのがあったとはな……水晶って言うんだぜ?」

「知ってる。ナナちゃんが言ってた。熱水でできるって」

「あいつ博識だな……説明がざっくりし過ぎて何言ってるかわからないけど」

 魚を刺激しないように音を立てず農園を離れ、疲労で重い体を引き摺って居住区へと戻った。

 ニナは何日も離れていたかのような懐かしさが込み上げた。恐怖は時間を何倍にも引き伸ばしてしまう。

 拠点としていた家の中では、星火とペンギンが目を開けて並んで座っていた。星火が丁度立ち上がろうとしていた。

「! ……目が覚めたら誰もいないから、何かあったんだと思ったんだが……泣いてるのか? ニナ」

「何かあったのはこの女ですね。軽く脳震盪を起こしたっぽいです。ニナは何ともないです」

「脳震盪……? 転んだのか? ……いやナナが転ぶのは想像できないな」

「落石ですよ。ニナを庇ったみたいです。石頭なんで、タンコブができただけです。すぐ目を覚ましますよ」

「取り敢えず布団に下ろそう」

 星火は自分が寝ていた布団を譲り、ナナを下ろすスイに手を貸す。瘤を下敷きにしないよう横に向けて寝かせた。

「落石が起こりそうな場所は無かったと思うんだが……ん? ニナは何を持ってるんだ? 石?」

 重いシャベルを置いていたニナは、大事に抱えていた細長い灰色の石を見下ろす。石なので、小さくても重い。

「ナナちゃんがウミユリって言ってた。これね、星の形なの」

 折れたウミユリの茎の部分を重そうに下ろし、その断面を見せる。誰が見ても星だと答えるだろう五つに尖った綺麗な星の形だ。

「ウミユリ?」

「石のウミユリがたくさんあって、水の中には生きてる奴がいた」

「どういうことだ?」

 星火はスイを見るが、スイにも説明できない。スイは塞がった穴を掘って二人を救出しただけだ。

「最初から説明する?」

「頼む」

 ニナは涙を拭い、鼻を啜った。泣き止まないと話ができない。

 彼女の説明は辿々しかったが、小さな穴と晶洞、そしてウミユリのことは理解できた。それを追ったスイに助けられたことも。

 星火は頭を抱えた後、叱ろうとして止めた。叱るならナナも一緒だ。今回は偶々スイが聞いていたから助かっただけだ。

「今後は僕を起こしてほしい」

「セイも後でキラキラ見る?」

「見たいわけじゃなくて……怒るのは後回しにするが、反省はしてくれ。いや見たくないわけじゃないが」

 好奇心が邪魔をして締まらないが、星火も空気を悪くしたいわけではない。誰も血を流さずに帰ってきてくれたのだから、それは喜びたい。ペンギンは何かを察したのか、気苦労をする彼の肩をぽんと叩いた。


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