17-遙か過去の遺物
冷え切った体を温めたスイは、数日で元通りに回復した。足が霜焼けになっていたが、それも軽度だったので治った。酷い凍傷になる前に回収できたお陰だ。
回復してもらうために干し野菜や干し肉、旧時代の缶詰をスイ優先にしていたが、次第に罪悪感が出てきた彼は少しずつ魚も口にするようになった。
「何か本当に……すみません」
「どうした? 急に」
「俺ばっかり良いのを食べてしまって……」
「気にするな。慣れない物を食べてお腹を壊しても困るだろ」
「それはまあ……。あんなに雪じゃなかったら行商機を呼べるんですが、さすがに吹雪の中じゃ動かせなくて」
「行商機を呼べるのか?」
「近くにいる場合に限りますが、呼べますよ。セイさんが望むなら、いつでも呼びます」
「それは便利だな」
「タイミングによって食料をあんまり持ってない時もありますが」
「ああ……」
直前に買われてしまったら、萎んだ鞄を見ることになる。現代で行商機の鞄が萎んでいる時ほど残念なことはないかもしれない。
星火は安静にしているスイに付き添い、ニナとナナとペンギンは集落の散策に出掛けている。彼女達は何か面白い物はないかと暇潰しに行った。
星火は火の番をしながらスイの状態を観察している。医者や薬がすぐに手に入らない現代では、少しの体調不良が命取りになる。上着は返してもらった。
「……君が野蛮だと言っている人はナナと言う名前だ」
「え? 何ですか急に」
「名前を知らないから呼べないのかと思ったんだが。彼女の名前は最近、ニナが付けた。名前が無いそうだから」
「名前が無い……? 親から付けてもらえなかったってことですか。……俺は自分の名前が好きじゃないですが、親から何も貰えないのも……少し寂しいですね。俺も形見とか無いので……」
「何も貰ってないわけじゃないと思うが。一番大事な命と体を貰っているだろ?」
「!」
スイの伏せていた目が丸く、火が映る。祖父と父が死に、全て失ったと思っていた。遺されたものと言うと行商機など思い浮かぶものはあるが、貰ったものと言うと思い付かなかった。
「……セイさんは……欲しい言葉を見つけるのが上手いですね」
スイのために言った言葉ではなかったが、彼にも思うものがあったようだ。星火は火に細い枝を焚べ、また沈黙が流れる。
「……後どれくらいここに留まってないといけないんですかね……」
「暇か?」
「まあ……手持ち無沙汰ですね」
「だったら、これを見てみるか?」
「?」
星火は革鞄から鮮やかな御守りが幾つもぶら下がるスティック型携帯端末を取り出した。
「旧時代の通信機ですね。かなり状態がいいですね……ん? 良過ぎませんか? こんなに状態がいいのは初めて見ました」
リップスティック程の小さな端末を受け取って全体を見回し、スイの表情は徐々に好奇心に染まっていった。よく見ると御守りの色も褪せておらず、保存状態が最高と言っても過言ではない。
「これどうしたんですか!? どう保管されてたらこんなに綺麗に……」
「稀有な事例だと思うが、機械の故障で最近まで生きていた旧時代の人から拾った」
「へえ旧時代の……何て言いました!?」
あまりに平然としているので聞き流しそうになった。スイは勢い良く顔を上げた。
「最近まで生きてた旧時代の人!? 何言ってるんですか!?」
「僕もよくわからない」
星火は旧時代の少女から聞いたことをそのままスイに話した。カプセル型ベッドの故障で閉じ込められて仮死状態で保存されたなど俄かに信じ難いことを聞かされ、スイはぽかんと口を開けて呆然とした。
「さすがに騙されたんじゃ……でもこの端末の状態が異常に良いのも確か……。とりあえずこれ、充電してみますね。劣化してなければ動かせるはずです」
玩具を与えられた子供のような顔をして、スイは緑色の電気石を取り出しスティック型携帯端末の横へ置く。電気石は近くに置くだけで充電してくれる。発展していた旧時代の機械は無線で充電を行えるのだ。
「こういう端末を動かしたことはあるのか?」
「小型機器は劣化と損傷が酷くて、動かせたことはありません。あまりに劣化が酷くて、故意に壊されたんじゃないかと疑うくらいです。まあ……それだけ長い年月が流れたってことですよね」
「そうなのか。これで何かわかるといいんだが」
「そうですね。ネットワーク上の情報は閲覧できませんが、この端末に保存されてるデータなら見られると思います。こんなに綺麗なので」
「暇潰しになればいいな」
「暇潰しなんて勿体ないですよ! ちゃんと充電開始されたので、期待できます。劣化端末はそもそも充電ができないので」
興奮しながら玩具を眺めるスイに、星火も安堵する。集落の住人を助けられなかったことを気に病んで鬱いでいるのではないかと心配していたが、今は心の底から玩具に夢中だ。
スティック型携帯端末を眺めていても充電の速度は上がらない。それでも少しずつ充電されていく様を見ていると高揚する。
「ただいま」
火の爆ぜる音だけが部屋に跳ねていたが、ナナとニナ、そして大きなペンギンが戻ってきた。ナナは太く長い物を一本、腕に抱えていた。
「やっぱり家に入らないわね、これ」
「? ……ひっ!? 何持って来てんだよ!」
それは細長い尾を持ち、円くて平たい体が付いていた。ナナに引き摺られているそれは引っ繰り返っていて、小さくて細い十二本の脚がまだ動いている。脚の先は蟹の鋏のように二つに分かれている。
「カブトガニね。魚よ。アデリーが潜って獲ってきてくれたの」
尾を除いても三、四メートルある。旧時代でこの生物は一メートルにも満たない大きさだった。
「は、初めて見た……それどうするんだよ……」
「勿論、食べるわよ。カニって言うくらいだし、蟹の味かしら?」
「た……食べる……? いやさすがにそれは食べられないだろ……」
「食べてみないとわからないでしょ」
「野蛮と言うか……悪食……」
「ニナと星火だって食べるわよ。アデリーも」
「セイさんもさすがに食べないだろ。巻き込むな」
「え?」
「え? ……食べるんですかセイさん……?」
カブトガニに興味を示していた星火は自分の名前が出てきて不思議そうに顔を上げた。スイは信じられないものを見るような目をして動揺している。
「蟹だと思えば」
「魚に関して味方がいない……俺が変なのか?」
「無理はしなくていい」
「折角魚を食べる決心がついたのに……いきなり変なのを持って来るな」
「煩いわね。アデリーが獲って来てくれたって言ったでしょ。文句を言ったらアデリーが殴るわよ」
ペンギンの方を見ると、両翼を広げて振っていた。空へ羽撃こうとしているように見えるが、殴るための素振りかもしれない。
「アデリー、殴るのは無しだ。ここに繊細な物があるから。壊れたら大変だ」
ペンギンはパタパタと振っていた翼を止めた。
「壊れたら僕が悲しい」
ペンギンは上げていた翼を下ろした。
「アデリー、握手だ」
ペンギンは片方の小さな翼を差し出し、星火はそれを軽く握った。
「躾けた?」
言うことを聞かせている星火を羨ましいと思いながら、ナナは目を細める。漸く緑色の石と鮮やかな御守りに気付いた。
「あら? その御守りがたくさん付いてる機械って」
「前に話した旧時代の女の子が持っていた物だ。スイの電気石なら充電できるだろうと渡したんだ」
「ああ……。充電できるの?」
「できるみたいだ」
「へぇ。丁度退屈だったのよ。楽しみだわ」
ナナもスイのように好奇心を躍らせる。この場でニナだけがきょとんとしていた。その小さな機械の中に何が入っているのか、ニナには知識が無い。
「充電する間、このカブトガニを食べましょ」
「…………」
話題が逸れたと思ったのに戻ってきた。スイは食べたくないと拒絶を含んだ複雑な顔を顰め、星火に一瞥を向けた。
「僕は食べたことがない」
「……それを聞きたいんじゃないです」
「ナナ、斬れるか?」
「任せなさい」
カブトガニの殻は蟹のように硬い。ナナは家の外にカブトガニを下ろし、片手で刀を抜いてとどめを刺した。刺す度に青い体液が流れ、何度か刺すと足が動かなくなる。現代の魚は危険だ。きちんと殺し切らないと、捌いている最中に大怪我を負うことになる。
「蟹……と思ったけど、脚に食べられる身なんてなさそうね。短いし。体に身が詰まってるかしら? 蟹だと内臓が詰まってるけど」
「蟹と全然違う形だよね」
「そうなのよね。名前の蟹は飾りなのかしら? 脚は蟹っぽいけど。取り敢えず半分に斬ってみるわ」
ニナは家の中に入り、出入口から様子を窺う。星火も興味深そうに見ている。スイだけが戦々恐々としていた。
「その青いの、血だよな……? 青い血の生物なんて初めて見た……」
ナナは刀を構えて腰を低くし、狙いを定める。縦に半分ではなく、地面に水平に半分に斬る。刃を水平に、集中力を高めて真横へ振り抜いた。
薄い刃は少ない抵抗でカブトガニの体内を擦り抜ける。スイはその鮮やかな動作に見入る。大事な刀を彼女に渡したのはやはり正解だったようだ。
引っ繰り返った腹を蹴って剥がし、中身を確認する。黄色っぽい小さな粒がたくさん詰まっていた。
「この前の蟹より小さいからかもしれないけど、身が少ないわね。これは……卵かしら?」
「ドアを潜れるか?」
「このままじゃ無理そう。殻があるから押し込めないわ。身の無い邪魔な周りを斬り落とす」
立ち上がる星火をスイは目で追い、興味はあるので半分になったカブトガニを凝視する。スイとニナは動かずに見守った。
「……ニナは魚が平気なんだよな?」
「食べるのは平気だけど……動くと怖い。噛まれたことがある」
「そうなのか? よく無事だったな」
「セイが助けてくれた」
「さすがセイさんだ……俺も誇らしい」
「何でスイも?」
「セイさんのファンだからだ」
「……意味がわからない」
「ニナももう少し大人になったらわかるかもな。歳が二桁になったら」
「もう二桁だよ。私、十歳」
「え? ちっこいからもっと下だと……」
「二桁だから私はもう大人。スイは何歳?」
「いや十歳はまだ子供だ。俺は十代の半ば……くらいだ。十五より上か? だからニナより大人だ」
集落にいると農園の管理などの関係で月日を認識し数えることができるが、地上にいると曖昧になってしまう。集落にいたニナと星火は自分の年齢を把握しているが、地上で暮らしていたスイは年齢を大まかにしか答えられない。自分が生まれてから何年経ったかなんて、生きていく上では必要のないことだ。
自慢げに胸を張るスイに不服そうに目を細め、ニナはカブトガニを火で炙っているナナに声を掛ける。
「ナナちゃーん! ナナちゃんは何歳?」
「何よ急に。十代よ」
「もう少し細かく」
「十……四、五、六……のどれかかしら」
「えっ、スイよりちょっと下?」
「おい野蛮な女。ニナがお前のこと老けてるって言ってるぞ」
「全部聞こえてるのよ、覗き野郎」
ナナはカブトガニの脚を一本捻じ切り、スイの方は見ずにそれを投げ付けた。
「ひっ」
スイは慌てて足を持ち上げて避けた。
「ナナちゃんは老けてるんじゃなくて大人っぽいんだよ。スイより大人」
「あの女に躾けられてるのか?」
「私もスイより大人。だから感情的になったりしない」
「ぐっ……そう言われるとニナの方が大人な気がしてきた……」
「私は大人でスイはまだ子供だから、私が先に魚を食べて美味しい所を見せてあげる」
「いややっぱりそれはない」
「えー!?」
「ほら」
「むぅ」
「ニナもあれ食べるのか? 血が青いのに」
「健康になるのかなぁ……」
「? 何言ってんだ?」
ニナは教団の集落にいた頃の夜会を思い出していた。ニナの血を一滴ずつ信者達は呑み、健康になると言っていた。スイはそんな話は知らないので訝しげな顔をする。
話している間にカブトガニは程良く焼き上がり、ナナは三つの器に小さな卵と僅かしかない身を載せていく。三人は興味深く見ているが、スイはやや距離を取って眉を寄せる。
スイ以外の三人は平然とスプーンに掬ったそれを口に運び、わくわくとした気持ちで咀嚼した。軽く塩を振っただけの簡単な味付けだ。
わくわくと咀嚼していたが、三人の顔は徐々に感情が薄れていった。咀嚼もゆっくりと、止まっていく。
「…………」
三人は無言で顔を見合わせた。スイも怪訝に唾を呑む。誰の口からも感想が漏れない。
「……あの、セイさん……? もしかして不味かったですか?」
「……。思ったより……蟹じゃない」
「そうね……味があんまりないわ。味噌でも掛けてみる?」
「ナナちゃんが前にくれた赤い卵の方が美味しかった。この卵はぷちぷちしない」
三人は同じ感想のようだ。食べられなくはないが、あまり美味しくない。
「アデリーは最初から食べようとしてないよな」
「そう言えばそうね。何で獲ってきたの?」
そんなことを訊いてもペンギンは人の言葉を話せない。変なのがいたから獲ってきただけかもしれない。
「そう言えば、カブトガニの血って貴重なのよね? 昔は高額で取引されてたらしいわよ」
カブトガニの血は体内では白いが、酸素に触れると青くなる。その血は特定の細菌に反応して固まる性質を持ち、医療の安全のための薬として使用されていたそうだ。旧時代のことなので詳細はナナも知らない。
「今はどうだろうな。買い手がいるかどうか」
「行商機が買い取ってくれるかしら?」
スイを見るが、彼は聞くなとばかりに顔を顰めた。
「さすがに……。行商機が買い取るのは食料とか道具とかであって、そういう魚の血は……行商機を頼ってる人も怖がるだろ」
「まあね。いきなり魚の血を並べられてもね」
殻を家の外へ出し、卵も部屋の端に寄せておく。誰もおかわりを言わなかった。魚は全てが等しく美味しいわけではないとニナも学習した。
「……あ。充電が終わったみたいだな。電源が入るか確認する」
電気石で充電していたスティック型携帯端末が充電完了のランプを点していた。スイは機械ではない生身の方の手袋を取ってそれを拾い上げる。スティックを握って何度か指を動かすと、空中に紙よりも薄い硝子板のような画面が浮かび上がった。
「わ、何か出てきた」
ニナは身を乗り出して覗き込む。星火も覗き込み、ナナは画面に躊躇なく人差し指を突っ込んだ。空中に映し出される物は物体ではなく、指は貫通し、少し画面が揺らぐ。
「動くか?」
「動きます。こんなの初めてですよ……色々触ってみますね」
触れられない画面を指先で突き、その度に映し出される物が変化する。スイは慣れた手付きだが、三人は口を半開きにして見蕩れた。
「触れないのにどうやって動かしてるの?」
「スティックにセンサーがあって、指の距離を測ってるんじゃないか?」
「難しくてわからない」
機械のことをよく知らないニナには理解するのも難しい。
「……ネットワークに接続するアプリケーションはやっぱり閲覧できませんね。着信履歴とか、写真……なら見れます。着信履歴、凄いですね。同じ名前が並んでます。ヨルイ……? ヨイか? 毎日着信してますね」
聞き覚えのある名前に、星火がハッとした。
「その夜依って名前……その端末の持ち主の知り合いだ。直接その名前を聞いた」
「友達ですかね? 最後の着信は約四百年前ですね。もしかしてこれ、正確な情報の無い旧時代が終わった日を示して……あー……ないか。ないな。端末の電池が切れてるんだから、充電されてない期間がある。電池切れだと着信履歴は残らないはず。でも四百年前くらいにはまだ旧時代だった……ってことか」
後半はぶつぶつと独り言になり、スイは真剣な顔で着信履歴に指を滑らせる。
「……ん? メッセージが一つあるな。閲覧できそうだ。未読の印が付いてる」
「最後の着信があった後ね。差出人が『夜依』になってるわ。見てみましょ」
星火も頷き、スイは画面を操作する。一通の短いメッセージが表示された。
『家まで行きたいけど行けなくてごめん。電気の一般供給が終わるからこれが最後。第五十六地下地区に行くことになった。もしこれを見たら会いに来て。これちゃんと届くといいな』
四人は何度も読み返し、各々咀嚼する。初めて見る言葉が含まれていた。
「電気の一般供給が終わる、って何だ……? 空が壊れて、その混乱の影響で供給が止まったわけじゃないのか?」
「俺もそう思ってました。この文だと意図的に止めたみたいですよね。夜依の着信履歴の日数が自棄に長いので、供給が終わるまでは充電され続けてたのかもしれません。全て遡るのは時間が掛かるのでざっと見た感じですが、数ヶ月は着信が続いてます」
「この第五十六地下地区と言うのは……?」
「さあ……。この数字、少なくとも地下地区が五十六ヶ所ありそうです」
「地下集落より規模が大きそうだな。……ああそうだ。スイにもこの前僕が見たノートの内容を話そう」
「何です?」
星火は、巨大蟹に襲われたマンションで見つけたノートのことを話した。空が壊れた混乱と、地下に移住する計画があったことを。
「そんな記録があったんですか……俺もあちこち探してますが、紙の記録が残ってる場所もあるんですね。端から機械ばかり調べてました。旧時代って大体が機械じゃないですか」
「この夜依って人は地下移住の権利を得たみたいだな。お金を積んだのか伝手があったのか……」
「写真を見てみますか? 他にも何かわかるかも」
「そうだな。実は君が最初に写真と言った時から気になっていた。当時の景色が見たい」
「ですよね! 俺もです」
「じゃあ最初に見なさいよ」
「煩いなそこの女」
ナナの名前を教えたと言うのに、スイは一向に呼び方を改めない。十代の中頃なので思春期なのかもしれない。
写真の一覧を表示し、一番最後に撮られた写真を開く。そこには空中に浮かぶケーキが大きく写り、奥にややぼやけた背の高いパフェが写っていた。
「…………」
四人は初めて見る物に無言で思考を巡らせた。
「……これはケーキか?」
「ぽいわね。浮いてるけど」
「機械化が進んでたのは知ってるけど、ケーキまで浮くって……動力は何だ?」
「食べ物なの?」
旧時代の流行など知らない四人は空ケーキもタワーパフェも知らない。載っている果物から、食べ物であることやスイーツであることは想像がつくが、何故浮いているのか全くわからない。
「旧時代は様々なものに余裕がある時代だからな。浮かせる余裕もあったんだろうな」
「理屈がよくわからないわよ、星火」
「他の写真も見てみましょうか……食べ物の写真が多いみたいですが」
次々と映し出される食べ物の写真は見たことがない物ばかりで、現代で比較的裕福な暮らしをしていた星火でも知らない物がたくさんあった。写真が表示される度に、この食材は何だとか作り方はどうだとか議論を挟み、曖昧な結論を出して次へ進む。
「あ、人が写った写真がありますよ」
そこには仲が良さそうな二人の少女が写っていた。同じ服を着て笑っている。学校が無い現代には学生服という物は無いが、そういう物があったことはニナを除く三人は薄っすらと知っている。
「……この左にいる人、この端末の持ち主だ」
「えっ、この人が現代まで生き残った人……? 俺とそんなに歳が変わらなそうです」
「じゃあこの右の人が夜依……とか?」
「かもしれない」
その二人の写真は、他にも何枚かあった。他の人が写っている写真もあったが、彼女達二人の写真の数が圧倒的だ。多くが室内で撮影された物で、外の景色は殆ど見ることができない。
「……ん? この写真……」
人を見ても当時が平穏だったことしかわからないため飛ばして見ていたが、人と文字が映った写真が一枚出てきた。
「これ、何かの記事をうっかり撮影した写真かもですね。文字が途中で切れてるし顔写真も中途半端な位置で」
「待て」
星火は次の写真を表示させようとするスイの手を止めた。
「写真の下に小さく名前が書かれてないか?」
長い髪を一つに束ねた女性の写真だ。二、三十代ほどに見える。
「拡大しますね」
指を動かし、写真を拡大する。はっきりと文字を読み取ることができるようになった。
「樫水雲藻!?」
三人は声を揃えて叫び、漢字が読めなかったニナはびくりと驚いた。
「私、樫水雲藻って男だと思ってたわ……」
「俺も……」
「僕もだ。でもよく考えたら性別をはっきりと聞いたことはない」
「男だって適当に言い触らしてる人がいるのかもね」
「性別もだけど、思ったより若いですね。もっとこう……四、五十くらいだと思ってました。こんなに若いのに大罪を犯したんですね……」
「私もそのくらいのおじさんだと思ってたわ」
三人の会話を聞きながら、ニナも写真の女性を理解する。彼女が空を壊した犯罪者で、ニナの祖先なのだ。
「ちょっとニナに似てるな。雰囲気? と言うか」
「!」
何気なく笑いながら呟いたスイに、ニナの肩は思い切り跳ねた。彼には祖先のことを話していない。
「は……犯罪者と似てるって……勘弁してほしいな……」
動揺で声が上擦る。
「そうよ。名誉毀損よ」
事情を知るナナは援護した。
「え? そんなつもりは……ごめんな。悪気はなかったんだ」
「良いよ……」
「喋り方いつもと違わないか?」
「な、何にもないよ……本当だよ……」
居た堪れなくなり、ニナは星火の背後に隠れた。星火もニナの祖先を知っている。十歳の少女にはまだポーカーフェイスは難しい。
「記事には何が書いてあるんだ?」
「擬似空についてのインタビュー記事みたいですね。何て言うか、当たり障りのない詰まらない記事です。要約すると、擬似空は凄い、ってことです」
スイの言う通り、そこには擬似空が技術的に優れていて安全だと書かれていた。その優れた物を彼女は破壊したのだ。
「ねえ、無河無霧の写真はないの? こっちも男だと思ってるんだけど、実は違う?」
「無河無霧の写真は無いな。樫水雲藻の情報はその辺を歩いてたら偶に見つかるけど、無河無霧の情報って見つからないよな……あんまり表に出てこない人だったらしいけど」
「あ、思い出したんだけど。写真は無かったけど、樫水雲藻って水着の写真集を出してたらしいわよ。真偽は定かじゃないけど」
「その情報があって何でおじさんだと思ったんだよ」
「女の水着にしか興味ないの? いやらしいわね」
「そういう意味じゃねぇ。お前はおじさんの水着に興味あるのかよ」
「ないわよ」
その話題には興味が無い星火は表示されている記事に目を通す。確かに当たり障りのない内容だ。
(台本でもあるみたいな文章だな……技術方面に知識の無い一般人相手だと、難しい技術の話をしても理解されないからか? こんな記事、誰が読むんだ?)
写真に写っていない所に重要なことが書かれているかもしれないが、それはどう足掻いても見ることができない。
「スイ、他に興味深い写真はあるか?」
「あっ、は、はい!」
ナナと言い合っていたスイは慌てて画面に目を戻した。
「探してみますね。でも数があまりに多くて……暇があるとは言えどれくらい掛かるかわからないです」
「そんなに多いのか? 急いでないから、休みながらでいい。飽きたら返してくれても」
「飽きるのは無いですよ! セイさんの頼みですから、休まず探します!」
「いや休め」
過酷な現代で徹夜などするものではない。地下集落にいる間は動物も襲ってくることがないので比較的安全だ。見張りをしなくても安心して眠れる時間があるのだから、無理はすべきでない。
「……はい」
スイも渋々頷く。役に立てると張り切ったが、星火は好奇心に流されず冷静だ。
「ニナ、セイさんって、怒ったことあるか?」
「あんまりない」
「あんまり……? ってことは怒ったことがあるのか。想像できない……」
「セイに付いていって集落を出ようとした時、怒られた」
「? 出ると駄目なのか?」
「!」
ニナはハッとした。普通の人は自分の意志で集落を出入りする。ニナのように自由がないわけではない。
「それは……」
折角落ち着いたのに、また動揺で声が上擦りそうになる。星火の服を掴み、ニナは助けを求めた。口を開くと襤褸が出る。
「ニナは子供だからな。一人で地上に出るのは危ない」
「ああ……そういう意味ですか。俺はずっと地上にいたんで、そういうの、つい忘れてしまいます」
あっさりと納得するスイに、ニナも胸を撫で下ろした。星火は頼りになる。
「お前は空が壊されたことをどう思ってるの?」
「俺? どうって……別に……。生まれた時からこうだし、空より手元を見る方が多かったからな」
「樫水雲藻は?」
「美人だなぁ……?」
「何かいやらしいわね……」
「只の感想だろ。訊いたのはそっちなのに……」
ナナはニナを一瞥する。ニナがナナに身の上話をした時のように、ナナはスイに尋ねてくれたようだ。
祖先のことを話すかどうか決めるのはニナだ。ナナはそれ以上の世話は焼かない。
「セイさんはどうです? 樫水雲藻、美人……ですよね? 写真集を出すだけはあると言うか」
「ん? ああ、そうだな」
「セイさんも美人ですよ」
「それは何で言ったんだ?」
スイもナナのように揶揄う趣味があるのかもしれない。星火は真面目に会話をするのを止め、背後のニナを剥がした。火から少し離れて鞄を下ろす。スイのために集めた布団が丸めて置かれたままなので、何枚か取って横になった。
「寝るんですか?」
「ああ。何かあったら起こしてくれ」
全員が揃っているなら星火も落ち着いて休める。星火は皆のいる火の方に背を向け、壁に顔を向けた。ペンギンもよたよたと歩き、彼の背中にぴったりと俯せに転がった。
「何かあっても起こさず解決しないとな」
「私が起こしてやるわよ」
「お前な……」
四人の中で星火が最も寝ていない。人が殺し合った集落で最初は警戒していたが、そろそろ彼も気が抜けてきた。
三人は静かに火を囲み、各々自分の鞄の整理をした。もう何日も同じ顔を突き合わせているので、話題が無い。
スイの鞄が一番大きいため、ニナとナナは途中から彼の方を無言で見ていた。彼は気付かずに鞄の整理をする。
何か面白い物が出てくるだろうかと、ニナとナナは整理が終わるまで彼の鞄を見ていた。
整理を終えた時、スイは漸く見られていることに気付き、尻が浮くほど肩が跳ねた。
カブトガニは日本では食べられませんが、タイなどで食べられるようです。




