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目標  作者: 風速健二
目標 第2部
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裏方の仕事

  実際に俺のやってる仕事は「煮方」なのだが、この前言った通りに天麩羅等も本格的にやるし、刺身もやる。

刺身は本来は花板の善さんの仕事だが、昼過ぎや休憩が終わった頃に市場からその日に仕入れた材料が入る。

煮方としての仕事は俺の場合は朝のうちに前の日の材料を皮をむいたり、カットしたりして、下拵えは終わっている。

時間の掛かるものはその頃から煮ているし、すぐに煮えるものはこの時間から煮出す。

鍋を火に掛けてしまえば、あとは火の調整ぐらいだから、手が空く。

そうすると俺は善さんの仕事を手伝うのだ。


刺身にする魚は季節で色々違うが、鯛などは大抵入ってくる。冬だと関東では「わらさ」関西では「はまち」と呼ばれる魚等が入ってくる。「ぶり」と呼ばれるのは10キロを越す大物が「ぶり」と呼ばれるのだが、正直、この大きさだと刺身にはあまり向かない。

「氷見ぶり」等と呼ばれる日本海の富山産の「ぶり」も大体七キロぐらいだ。

このくらいが一番美味しい。


その魚たちを素早く処理していくのだが、なんせ数が多いので、俺も頭を落とし、内蔵を出して洗っていく。

すぐに使うものはその場で三枚におろして、刺身専用の調理ペーパーに包んで行く。

昔はこれをさらしに巻いたのだが、俺や善さんは専用の調理ペーパーだ。この方が無菌状態で清潔だし、ドリップや血の吸収も性能がよい。


たとえば鯛などは季節やモノによって身が水っぽい状態のがある。

そんな時は鯛を昆布〆にするのだ。

丁寧に三枚におろした鯛の身、腹骨をそいでそれを酒に浸して延ばした昆布を引いたバットに並べて行く。

綺麗に並べたら上から同じ様に酒で延ばした昆布を重ねていく。

バットにラップを掛けて冷蔵庫に仕舞う。

大体三時間もすると水気が抜けて昆布のうま味が鯛にうつって来る。

食べごろになる。


柴崎さんはこれが好きで、来ると何時も「昆布〆あるかい?」と訊いてくる。

「ありますよ」と言うと必ず「じゃそれ」と頼む。

その度に「正、きょうは良いな、とか、いまいちだな」とか言われるのだが、それって半分は鯛のせいだと思うのだがどうだろう……


ところで、残った頭や骨はどうするのか?

これは、どの店でもやってるが、これで出汁を取る店や、吸い物等を拵える店が多いと思う。

ウチでは「あら煮」を作る。

骨や頭を小さく切って、熱湯をかけて霜降り状態にして、鍋に醤油や酒、みりん、生姜、昆布を入れて水を張り火に掛ける。

沸騰しないように火加減を調節してゆっくりと煮て行く。

魚によって甘さは変える。

甘いと魚の臭みが出てしまうからだ。

特に鮮度が良い魚ほど砂糖などを入れると魚臭くなる。

これは覚えておいた方が良い。


そうやって煮たあらは、まかないに出たり、あるいは、常連のお客さんに「裏メニュー」で出したりする。

特に柴崎さんは、最後にこれをおかずにご飯を食べるのが好きで、ある日は必ず食べて行く」

この仕事は、実は俺じゃなく、圭吾や毅の仕事なのだ。当然清にも覚えさせる。


味付けは俺が見てやらないと、とんでもない味付けになってっしまう。

ハマチの骨についた身は本当に旨いと思う。

こんな時は「日本人に生まれて良かった」としみじみ思うのだ。


客席から見て、暇そうに見えても裏では結構色々な事をやっているのだ。

よく寿司屋さんなんかではランチタイムのサービスであらの味噌汁が無料で振る舞っている店等があるが、きっと捨てるなら、と思ってのサービスだと思う。


家に帰ると真理ちゃんが

「飛鳥さんたち、ちゃんと結婚を前提にしたお付き合いをする事にしたそうよ」

そう言って俺にこの前の続きを話す。

「そうか、良かったな……あいつだって良い歳だからな、幸せになる権利はあるよな」

何にしろ良かったと俺は思うのだった。


真理ちゃんのお腹も少し大きくなって来た。俺は

「もう動いたりするのかな?」

等と言うと真理ちゃんは笑って

「まだ先だよ。動いたら教えるからね」

そう言うのだった。

俺は正直、その日が待ち遠しかった。


真理ちゃんはお腹が大きくなると、仰向けには寝難くなってきたので、横向けに寝るのだが、

そんな時は俺が必ず横に一緒に寝る。

「大丈夫だよ」と真理ちゃんは言うが、俺だって正直愛妻の顔を見て寝たいじゃ無いか……

そんな事は口が裂けても言えないけれど、今は真理ちゃんが一番大事なのだ。

言えないけれどね……


ここまで来て俺もやっと父親になるんだ、という実感が湧いて来た気がする。

その日が待ち遠しいが、でも「俺に人の親なんかが務まるのか? 」という思いも捨てきれない。

それに比べ真理ちゃんは日一日と母親の顔になって来ている。

やはり女性は大したものだと思うのだった。


日曜の夜、モール店の営業が終わる頃に俺と真理ちゃんで、店に行ってみた。

すると、早速飛鳥が顔を出して、嬉しそうな顔をする。

「いらっしゃいませ。営業はもう終わったんですよ」

そう冗談を言って笑っている。

「上手く行ってるらしいじゃないか」

俺がそう言うと飛鳥も

「そうなんです。価値観や境遇なんかが似ていて、とても話が合うのです」

「そうか、それは良かった。なあ真理ちゃん」

俺はそう言って真理ちゃんに話を向けると

「本当に良かったと思うの。飛鳥さん素敵な人だから幸せにならないと嘘だと思っていたから……」

どうやら、おめでたい話がもう一つ増えそうだ。

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