天麩羅を考える
店では煮物の他に刺し身も切るのだが、結構忙しいのが「揚げ物」だ。
主に天麩羅が俺の仕事となっている。
天麩羅は油との格闘だ。
水分の脱水作業なのだが、結構これでコツを掴むまでは大変だ。
天麩羅は天麩羅屋さんの天麩羅と俺らの宴会料理もやる店に天麩羅では若干考えが違う。
天麩羅屋さんのは何と言っても揚げたてが食べられるので、衣は薄く、カラット揚げるのが重要だ。
熱々を抹茶塩や天汁に漬けて食べるのだが、それぞれ好みがあるのだろうが、俺は熱い揚げたてを熱い天汁に漬けてたべるのが一番好きだ。
まあ、お客さんはそれぞれだが、一概には言えないが、「自称食通」を気取る人は「揚げたての天麩羅は塩で食べないとね」と言って「板さん塩頂戴」とか言って来る。
皆さんにも言っておきますが、そのセリフは止めた方が無難です。
それは一概には言えないからだ。
天汁に大根おろしと生姜が付いているのはちゃんと理由がある。
それは揚げたての魚介類の臭みを消す為なのだ。
新鮮なネタだったら要らないという考えもあるかも知れないが、鮮度の良いネタは旨みも多いだろうが、臭みが全く無い訳じゃ無い。
それに、その日の体調もあるから、まずはじめに一口何も入れない天汁に少し浸してから食べて、その次に大根おろしや生姜を入れて、その風味で楽しむのが良いと思う。
抹茶塩も抹茶の風味が利いて臭みが消えるのだ。
そんな違いも覚えて欲しいと思う。
天麩羅は油の温度管理が大切だ。
基本は180度で揚げるのだが、油の温度と衣の関係が面白い。
衣は基本的には冷水に粉を入れて、箸でざっくりと混ぜれば良いと言うが、それだけでは失格である。
衣の濃さは温度やネタによって変えないとならない。
温度が低い時は濃い目の衣で揚げると綺麗に広がり花が咲く。
温度が高い時は薄めに衣を作ると温度が高いのですぐに固まり始めるので、薄めでないと綺麗な花が咲かないのだ。
それに野菜など水分が多いネタの時は濃い目に衣を作るのだ。
反対に海老など水分が少ない時は薄めにする。
ネタと温度によって使い分け無いとならない。
基本的に、天麩羅屋さんの天麩羅は花を咲かせない。
俺らの宴会料理を出す様な店はお客さんが常に揚げたてを食べるとは限らない為に、冷めてもある程度食べられる様に揚げないとならないのだ。
それには色々とテクニックが必要だ。
一方で、柴崎さんみたく、その日のネタを訊いて注文する人もいる。
そう云うお客には天麩羅屋さんみたいな天麩羅を揚げる。
それは基本だと思う。
「正、今日は何が入っているんだい?」
柴崎さんが俺に今日のネタを訊く
「そうですね。メゴチ、とかそれからマキのいいやつがありますよ」
俺がそう答える。
メゴチはコチの仲間で見かけは悪いが天麩羅にすると滅法旨い。
マキとは長さが16センチぐらいの車海老の事で天麩羅にするにはこれくらいが一番美味しいとされている。
生きているマキは殻を向いて刺し身で食べても甘くて美味しい。
それを、天麩羅で旨みを表に出ない様に揚げるのだから不味いはずが無い。
それから天麩羅という料理は体調のごまかしが利かない料理で、体調の悪さがそのまま出てしまうのだ。
ネタが揚がって来た時の甲高い音を聞き分ける耳。
色艶を見る目、それに油の香りを確かめる鼻。
どれ一つ抜けていても、良い天麩羅は揚がらないのだ。
「そうだな、じゃコチとマキ両方頼む」
「はい、かしこまりました」
そう言って俺は天麩羅鍋に温度をみながら、調度良いと感じた温度で、まずメゴチを入れて行く。
続けてマキを入れて行く。
ジュッと言う音がしてメゴチもマキも油の中で泳いでる。
揚がって来ると揚げ物の音がやや甲高くなって来る。
それが最高潮に達した時が上げ頃だ。
菜箸でネタを掴み、鍋の上で3度ほど振って油を切る。
それを一旦バットに並べ、次のマキを上げる。
同じ様に3回振ってこれもバットに並べる。
そして、天麩羅ザルの上の天敷にメゴチ、その上により掛かる様にマキ海老を乗せる。
青味の獅子唐辛子を付けて柴崎さんに出す。
「お待ちどう様」
「おう、ありがとう」
柴崎さんが早速箸でメゴチを摘んで天汁に漬けると「ジュ」という音がする。
それを柴崎さんは旨そうに口に運ぶ。
「うん、旨いな」
そう言って柴崎さんの顔がほころぶ。
料理人の一番嬉しい瞬間だ。
続けてマキ海老も同じ様にして口に入れる。
「おう!これはいい! 腕を上げたな」
そう云われてしまった。
俺はそれだけの価値があるのだろうか?
板前になって良かったと思える瞬間だ。




