飛鳥と真理ちゃん
子供が出来たことはすぐにお袋にも水街道の両親にも伝えた。
皆、そりゃもう大騒ぎだった。
特にお袋はもう入れこんでいて
「どっちでも良いから早く見たい」と言う始末だ。
少し経つと軽いつわりとも言う症状が出てきた。
初めに出てきたのは、煙草の匂いが駄目になった事だった。
お袋の店を手伝っていても、お客の煙草の匂いを嗅ぐと、気持ち悪くなってしまうのだ。
お袋は「しばらく店に出ない方が良い」と言ったが真理ちゃんは「煙草を吸うお客さんの前には出ない様にしますから」
と言って相変わらず店を手伝っていた。
俺も「無理しないように」と言ったのだが
「何もしないと、返ってつわりが酷くなるから、大丈夫」
そう言って手伝っていた。
俺はお袋に「無理させない様に」と言ったら
「馬鹿、あたしは経験者だよ」
と軽く一蹴されてしまった。
店では黙っていようと思ったのだが、善さんが
「ところで、正のところは子供は未だなのか?」
と言う、普段の会話の中で訊かれたので
「まあ、やっと出来ました」
と答えた処、その日のうちに本店はおろか、新日本料理店、モール店と全てに伝わってしまった。
特に圭吾なんかは
「生まれてくる子はどちらでも絶対に正さんじゃ無く真理さん似の方が良いですよね」
などと言って俺のげんこつを食らったのだ。
でもまあ、その通りなのだが……
それから暫くすると、段々とつわりが重くなって来た。
普段は平気だった葱の匂いが駄目になったり、それまで平気で飲んでいたコーラが飲めなくなったりしていた。
真理チャンは自分でも工夫していたが、店に出るのはもう無理になってきた。
お袋も「かわいそうだよ」と言い、店に出すのを止めた。
お客はがっかりしていたが、こればっかりは仕方が無い。
ある日のことだった。もう梅雨が明けて夏の暑さが世の中を支配し始めていた。
その日は火曜日だったが、店の地域が水道工事をするので、一時的に断水するのでランチはお休みになった。
俺はそのため比較的ゆっくりと起きて下に行くと、何と飛鳥が下の店の調理場に居るではないか?
「どうしたんだ?」
そう俺が訊くと横から真理ちゃんも出て来て
「飛鳥さんがつわり用の食事の献立を教えに来てくれたんです」
そう言うではないか。
「わたし、高校は食物栄養研究課と言うところを出ていますから、こういう「母子栄養」は詳しいんですよ」
そう言って自慢げな顔をする。
そうか……ありがたい事だと素直に思う
「ありがとうな飛鳥」
俺がそう言うと飛鳥は
「あれ、なんか素直で調子狂いますね」
そう言って笑った。
飛鳥は、その日色々な時期に食べやすく栄養のある献立を教えて、そのいくつかは実際に作ってみせて、一緒に食べたそうだ。
「飛鳥さん、とても詳しくて私驚いちゃった」
真理ちゃんはそう言って感心していたが
「実は、お返しと言う訳じゃ無いけど、飛鳥さんに紹介したい人がいるの」
真理ちゃんは何やら含み笑いをしていたが
「私の知ってる人で、ファッション関係で働いている人がいるんだけど、お嫁さんというか、恋人というか、そういう人を欲しがっている人がいて「誰か背の高い娘がいたらら紹介してください」って頼まれていたの」
どうやら、その人と飛鳥を一緒にしようと言う考えらしい。
それは面白そうだ……俺は純粋にそう思った。
結果として、その事は真理ちゃんのつわりを軽くさせるのに役立った。
飛鳥に真理ちゃんが訊いてみた処
「是非!」と言われたそうで、そのファッション関係の人に飛鳥の事を話し写真を見せたら
これも乗り気だったそうだ。
まあ、飛鳥は背が高いほうで、ちょっと痩せてるし短髪だから後ろから見ると男と間違う場合もあるが、器量は良い。
十人並みかそれ以上だと思う。
良くお客さんからも口説かれている。
まあ、相手にしてないけれど……
次の火曜日に真理ちゃん立会の元、二人は会う事になったそうだ。
「あのね、妊娠してる人が紹介するカップルは纏まるんだって」
真理ちゃんはそう陽気に言うが、それはくじとか抽選じゃなかったろうか?
そうか、男女もくじみたいなものか。
俺はそう思い直した。
そして出会う場所はウチだった。
いや正式にはウチの店。もといお袋の店だった。
飛鳥のヤツが気を回して「真理さんは安定期に入るまでは、遠くに行かない方が良い」
と言う事でそうなったのだそうだ。ややこしい。
俺は普通に仕事だったが、ちょっと見てみたかった。
あの飛鳥がどんな顔で会うのかと思うだけでも愉快だった。
火曜、家に帰ってくると真理ちゃんは
「とりあえず、成功みたいです!」
そう言って俺の手を取って喜んだ。
「お付き合いしてみるって二人共言って来たの」
「そうか、で、その男のほうはどんな感じなんだ?」
俺の疑問に真理ちゃんは写真を見せてくれた。
中々いい男で、背も高そうだ。
「180あるから」
それを訊いて170近くある飛鳥とはお似合いかと思った。
まあ、これで上手く行って欲しいと俺も思うのだった。
5ヶ月目に入って、安定期に入るとつわりも治まったみたいだ。
俺は真理ちゃんに
「実家で産むかい」
そう訊くと真理ちゃんは
「こっちの病院のほうがいいから、こっちで産みたい。それにお義母さん良くしてくれるから……」
真理ちゃんはそう言って実家には帰らない事になった。
「でも、実家の御両親が……」
俺がそう気にすると
「大丈夫、毎日見に来るって孫を……」
そうか、親子で話がついているなら、それで良いと俺は思った。
でも未だ先の話なのだ……




