二人の時間
今日からGWだ。
俺と真理ちゃんは連休を利用して温泉に行く事になっている。
場所は箱根にした。
月並みかも知れないが電車で行けて、向こうの交通も充実している場所というと、そうは無かったからだ。
朝家を出て、新宿からロマンスカーで箱根湯本に着く。
未だ昼前だ。流石にチェックインは早いので、大きな荷物は湯元駅のコインロッカーにしまって、軽いバックにカメラや小物を入れて、箱根登山鉄道に乗り換えて強羅を目指す。
ここでケーブルカーに乗り換えて早雲山からロープウェイに乗る。
これはかなり長く、大涌谷を上から見られるのだ。
途中で硫黄の匂いがきつくなったりするが、眼下の地獄の様子が良く判り、俺と真理ちゃんは幸運にも二人だけしか乗っていなかったので、キャアキャア言ってしまった。
終点の桃源台につくと、そこはもう芦ノ湖だ。
湖畔に二人で佇んでいると真理ちゃんが
「私、箱根って2回ぐらい来た事があるけど、何時もバスだったりしたから、こうやってケーブルカーやロープウェイに乗ったの初めて」
そう言って俺の手を握って来る。
俺は真理ちゃんの肩を抱き寄せて
「レンタカーでも借りようかと思っていたんだけど、箱根は乗り物が沢山あるからね」
そう言うと真理ちゃんも
「うん、私、楽しい!正さんといっしょなら何時も楽しいよ」
そう健気に言うのだった。
桃源台のレストランで昼食を取り、箱根海賊船に乗って元箱根に向かう。
まあ定番コースかな。
元箱根で箱根神社にお参りをして、バスに乗り湯元に戻る。
湯元に戻るともう午後2時を過ぎている。チェックイン出来る時間だ。
「どうする?旅館に行くかい?」
俺は真理ちゃんに訊くと真理ちゃんは
「そうね。二人でゆっくりしたいから……」
そう言って俺の手をぎゅっとまた握った。
「じゃ、行こうか!」
俺たちはちょっと早いとは思ったが、旅館で休む事にした。
箱根湯本のある旅館に俺たちはチェックインしたのだが、実はこの旅館は調理師学校時代の同級生の実家で、同級生は今では板場で頑張っている。
俺たちがチェックインしたと聞いて、同級生がフロントに顔を出した。
「おお!正、久しぶりだな。今日は腕によりを掛けるから楽しんで行ってくれ」
そう言って歓迎してくれた。
俺は持って来たおみやげを渡し、隣の真理ちゃんの肩に手を置いて
「お世話になるな。それからこれが俺の妻だ」
そう言うと同級生は
「いや~綺麗な人じゃないか、羨ましいぞ!」
そう言って笑っていた。
部屋も同級生が気にしてくれたらしく、見晴らしが一番良いという部屋に案内された。
真理ちゃんが仲居さんにそっと寸志を渡す。
お礼を言われ、型通りに色々な事を説明される。
万が一の場合の避難の仕方や色々なものの注文の仕方等だ。
やがて仲居さんが下がって、部屋には俺と真理ちゃんだけとなった。
仲居さんが下がると、俺と真理ちゃんは浴衣に丹前という格好に着替え、真理ちゃんは、それまで向かい合わせに座っていたのだが、俺の横に来た。
俺は真理ちゃんの腰に手を回し抱き寄せた。
二人だけの時間が過ぎて行く……
夕食は流石に食べきれないぐらいの量で味も申し分なかった。
顔を出した同級生に腕を上げた事を褒めると素直に喜んでいた。
あいつがこれだけのモノを出す程なら俺も負けない様にしないと、と思い直すのだった。
「本当に美味しかったです」
真理ちゃんも心の底から喜んでいた。
お風呂にも何回も入り、二人だけで過ごす時間。
俺は真理ちゃんと一緒になって半年、俺は改めて隣に居るこの小柄なひとを愛おしいと思うのだった。
箱根の夜は静かに更けて行った……
帰って来て翌日、店に出ると温泉饅頭を料理場とホールにそれぞれおみやげとして出す。
まあ、定番というヤツだ。
圭吾と毅が、旅行の事を根掘り葉掘り聞きたがるのをかわしながら俺は仕事をする。
それにしても今日は仕事に身が入る。
旅行が、いい意味でリフレッシュになったみたいだ。
今日の俺は充実している。
いいものをお客さんに提供出来そうだ。
それからひと月程経った時の事だが、仕事が終わり家に帰ると真理ちゃんが
嬉しそうな顔をしている。
下でお袋と話をしていたら、俺の服の裾を引き
「ちょっと」と言うのだ。
「うん?」
と返事をして2階に上がると真理ちゃんが
「あのね。お義母さんには未だ言っていないのだけど、ここの処無いから病院に行って見て貰ったの。そうしたら3ヶ月だって」
俺の顔を恥ずかしそうに見ながらそう言うのだ。
「え、てことは……できたんだ!」
「うん!」
「やった! で、何時なの?」
「12月28日だって……年末なの」
俺の子供が出来た! 俺と真理ちゃんの子供が……
そう思うと俺は胸にこみ上げるものを押さえる事が出来なかった。
「ありがとう……」
それだけを言うのがやっとだった。
涙が溢れて言葉も出ない。
そんな俺の姿を見て真理ちゃんも一緒になって泣いてくれた。
俺は、遂に父親になるのだと思うと、心が震えるのだった。




