フェイズⅡ プロセス①
エドはマーカスの車へと乗り込み、スペースオデッセイは見たかい?などと世間話をしつつ、二人は北を目指す。ハイウェイを降り、しばらく行ったところ、住宅エリアとの境に1つ、5階建てのビルがあった。
「ここが我々のオフィスだよ」
「へぇ…」
昨日まで勤めていたゴルゴネイア本社のビルに比べればかわいいものではあることから、エドは具体的な感想をのべることを慎んだ。
マーカスに促され、エレベーターで最上階の5階へ。1フロア丸ごとを借り切っているのだという。その内の1室、マーカスがIDカードを通してドアが開かれ、中へと招き入れられた。壁のスイッチで屋内のLED照明がパパっと灯り、薄暗かった屋内を明るく照らした。使い込まれた感のある白い壁。長年空調で描かれ続けた汚れの筋も良く見える。それはいかにもエンジニアの職場、という景色だ。今度は素直に感心した。
「…ほう」
整然と並んだデスクの上には広大なモニター。キーボードもマウスもあるが、有線なのだろう、本体へとケーブルが伸びている。モニター横には巨大なタワー型PCの筐体がどっしりと構える。やけに大きいのも気になるが、筐体ボディに貼られている、おそらくはメーカー名なのだろうが、いかにも「ワープロソフトで作りました!」感満点のロゴステッカーが貼られている。シルバーのメタル調台紙がイタイタしい。
(ズィグニクス・システムズ…聞いたことないな。個人製作か? 筐体もGPUを積んでいればこんなものか)
キーボードを叩いてみれば「カシャカシャ…」と音がする。
(青軸、か。オレはメンブレン派なんだが、まぁいいだろう)
「どうだ、エド。気に入ったかね?」
「ああ、悪くない」
世の中なんでも望み通りとはいくまい。キーボード程度なら自腹を切っても構わない、エドはそう思った。
「おはようございます。おや、どちら様かしら?」
どうやら出社時間のようだ。午前9:00を前に続々と人が入ってくる。一番目は銀髪ブロンドの、背の高い女性。
「おはよう、マーカス。新顔かな?」
続いては彫りの深い顔立ちの男性が、生真面目そうな口調であいさつ。
「やぁマーカス! んー? どこかで見た顔だなぁ」
3人目は朝イチからテンションが高い、ノリのいい男性。
「おはよう、おや? あなたは…エドワード=ハリス…? ゴルゴネイアの…?」
4人目はエドのことを知っているようだ。やけに口調が丁寧だ。
「おや、オレを知ってるのか?」
「ゴルゴネイアAI部門の統括責任者、ですよね」
「ああ。元、だけどな」
「ゴルゴネイアですって?」
「エドワード=ハリスって、ああ、そうか! 基調講演で見かけたことがあるね」
「そんなお偉いさんがなんでこんなところにいるんだい?」
「それは私から説明しよう。こちらは今日付けで我々『グレイプニル』に入ったMrエドワード=ハリスだ」
「なんだか有名らしいが、ゴルゴネイアでAIの監督をしていたエドワード=ハリスだ。エドで構わない。よろしく」
「僕はラフル=パテル。セキュリティが専門だよ」
「俺はミゲル=サンチェスさ。ネットワークが専門だから、パイプ詰まりのときには呼んでくれ」
「俺はクレイグ=ハドソン。AIの基盤担当なんだが、ここじゃあまり仕事がなくてね」
「クレイグ、そういう文句は言わない。私はソルヴェイグ=ヨンスドッティル。長いからソルでいいわ。AIのセイフティ担当よ」
「ん? リズはどうした?」
「あの子は…まぁ、いつものアレでしょう…」
ソルが肩をすくめたところでバンッと勢いよくドアが開いた。
「おーはーよーおーごーざーいーまーすー…眠い…」
声はすれども姿は見えず…と視線を下ろすと、そこには薄水色ストライプのコットンワンピースに上からベージュのトレンチコートを羽織り――――片腕が袖を通っていないが――――おそらく急いで支度したのだろう、ゴムで縛られたボサボサのブロンドが頭の上にびょーんと伸びていた。そして華奢である。背の低さもさることながら、手足ウェストの細いこと細いこと。風が吹けば飛ばされるのか、空気抵抗が少なくてそうはならないのか。
「あぁもう、リズ。人前ならちゃんとしなさいな。ほら、髪の毛やってあげるから。メイクも、ね?」
「おねがぁい、ヴィヴィぃぃぃ…眠い…」
(…高校生か…?)
とエドが思うほど、今入ってきた者は幼く見えた。ちなみにソルをヴィヴィと呼ぶのはリズだけである
「ああ…彼女はリーゼル=テイラー。AIのトレーニングをやってもらっている」
「なるほど。それは良いとして、いいのかい? 今のは遅刻だぞ? 完全に」
「別にいいんじゃないのかい?」
「ミゲル?」
「そもそもここは会社じゃないし! 来たんだから問題ないだろ! ま、来なかったら捜索願い出さなきゃいけないけどね!」
「エドはやっぱり納期とか気にする方かい?」
「ラフルも…」
「そういう堅苦しいのは無しで行こうよ。大体、納期を守ってもバグだらけ、あとで次から次へとパッチ制作に追われるよりはマシじゃないか?」
「まぁ、そうだが…」
ハイスクールだってここまで緩くないぞ?とエドは困惑する。
「エド。まだここに来たばかりだから要領が掴めないだろう、だが二人の言う通りだ。まずここは『グレイプニル』。まだ会社としての手続きをしていないから、我々は、そうだな、チーム『グレイプニル』といったところだ。ギャラはゴルゴネイアの半分も出せないだろう。しかしここではみんな同じ目的をもって活動している。だから細かいことであれこれ言うよりは、自分の為すべきこと、チームが為すべきことを、しっかりやればいい。私はそのように考えている。だからエドも、ここはそういうところだ、と思ってもらいたいんだがね」
「なるほど。わかった、オーケーだ」
「ほらほら。お仕事用リズのできあがりよ」
トンとソルに背中を押され、よろよろとリズがみんなの輪に入った。先ほどまでボサボサバラバラだった髪の毛はしっかりとブラッシングされ、本来の毛艶を取り戻している。
「おやおや。誰かと思ったらリズじゃないか! てっきりブロンドのお人形さんが歩いてきたのかと思ったぜ!」
「ミーゲールー。それ全然おもしろくなーいー…」
リズがまだ半分眠っているせいなのか、ミゲルのハイテンションジョークは空振りである。
「リズ。君もエドにあいさつしてみようか」
マーカスに促されるが
「あー、はい… …おはようございます…リーゼル=テイラーで…リズでい…ふわぁ…」
自己紹介もほどほどに、リズの目はもはや閉じる寸前、おまけにあくびまでが出てしまう。
「なぁ…この子大丈夫なのか…?」
「あら。この『子』とは失礼ね、レディに向かって。リズはもう大人だし、その…朝は低血圧で毎日こんな状態だから、そこのところは勘弁してあげて。ね?」
エドとしては責めているつもりはなく
「ああ… …オーケー。心得ておくよ…」
むしろフラフラして今にも倒れそうなリズを心配しただけなのだが。
「さあ。強力なニューフェイスも加わったことだ、我らグレイプニルの活動について、今一度確認しておこう。 …リズの目覚ましついでにね。AIの進化は日進月歩どころではない、時、分、秒単位といっていいほどの速さで進んでいる。その一方でAI開発企業大手はどこも同じで開発は進めるもののいざというトラブルのための方策はなんら取っていないのが現状だ。事実、報道で明らかになっている事故以外の小さなトラブルは報告されていないが相当数に上ると噂されている。確実な情報筋ではね。この状況に疑問を持ち、その対策を取ろうと集まったのが私たちグレイプニルだ。そしてその対策とは具体的は我々グレイプニル独自のAIを作り上げ、そうしたトラブルに対処しよう、というわけだ。ここまで、何か質問はあるかな? ああ、エド」
「AIを作るのは良いとして、サーバーはどうするんだ?」
「隣の部屋にある」
「…はぁ? ちょっと待ってくれマーカス。オレをからかっているのか? ゴルゴネイアのウィズダムですら、広大な敷地いっぱいにサーバーを置いて運用しているんだぞ? それがなんで隣の部屋だとか… …なんだ? 何が可笑しい?」
マーカスに食ってかかるエド、しかし周りを見回せば、未だ半睡眠状態のリズを除けばクスクスと笑っているではないか。
「よう、エド。オレたちが作るのはそんな怪物めいたAIじゃないぜ?」
「ああそうだとも。要はトラブルを解決すればいいのだから、機能をそれ用に絞りに絞ればそんな規模のサーバーなんかいらいない、ってことだよ」
「文章を書かせたり、画像、動画を生成したり、あれもこれもやらせようっていうならエドの言う通り巨大なサーバーが必要になる。でも暴れるAIを止めることだけに絞るなら、最小限でもいいでしょ? むしろ小さい方がいい、まであるわ。ここからのリモートではなく、現場で運用するようになるかもしれないから。そうね、入手が容易、ということも考えて、究極的には8TBのSSDに収まるようにしたいわね」
そんなムチャな、という言葉をエドは飲み込んだ。考えてみれば、単機能の小型AIということなら、軍事用でもすでに運用中である。そこまで機能を絞らなくても、と考えれば、それなりに根拠のある話ともいえよう。何よりその大きさまでAIを小型化、それでも高機能なものを、と思うと、エドは技術屋魂が熱く騒ぎ出すのを抑えられない。
「つまり…自分で考えて行動するウィルスを作る、みたいな話かな」
「そういうこと。さすがね」
「それほどでもないさ。オーケー、マーカス。続きを頼む」
「ありがとう。今のエドの例えが正確で、自律行動型ウィルスというのは言い得て妙だ。ときに、日本には『イッスンボーシ』という昔話があるそうだ。それは「1インチのサムライ」の姿をしている。そしてその彼は、自分よりもはるかに大きいゴブリンを退治した。私たちが作ろうとしているのはまさにそういうモノだろう。だが我々グレイプニルは、何を作るかが問題ではない。目的は懸念されるAIたちの暴走を止めること。そういう意味では、我々グレイプニル一人一人がそのシステムの一部、と言っても過言ではないだろう。そこに留意して各々取り組んでもらいたい。私たちは今日、エドという心強い仲間を得た。目的は必ず達成できると、私は確信している」
そうか考え方が違うのか、とエドは思った。技術者というのは常に裏方、表舞台には自分たちが作った製品が立つもの、と考えていた。しかしここで、グレイプニルでは自分たち技術者も製品と同じステージに立つ共演者、という立場なのだ。血の通ったIT技術。そんなニュアンスを感じ取った。
「ちなみにエド、グレイプニルって名前、私が名付け親なのよ」
なにやらソルが誇らしげだ。
「そうなのか。グレイプニル、ってどういう意味なんだ?」
「あら呆れた。エド、理系でエンジニアだからって、あれこれ知らない、じゃ済ませられないの。教養無き者は常識に欠けるってね」
「…そんなことわざあったか?」
「私が考えたのよ」
「ああ… オーケーだ」
「いい? グレイプニルというのはね、北欧神話に出てくる巨大なオオカミ『フェンリル』を捕らえていた綱なのよ。目には見えないけどとても強靭なの。素材は猫の足音、女の髭、岩の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾液でできていてね、」
――――さてどのくらいの時が経過したか。かいつまんでではあるものの、ソルは北欧神話を語り始めた。それこそ世界の終焉まで。
「あー、Msヨンスドッティル、そろそろいいかな?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと語っちゃったわ。どう? 分かってくれた?」
「ああ、オーケーだ。よく知ってるな」
「この程度のことなら小学校で習うからね」
(習ったっけ…? まてよ、このヨンスドッティルって名前…)
「ソル、出身ってどこなんだ?」
「アイスランドよ」
「…なるほど、オーケーだ」
「では各自持ち場について今日のタスクに取り掛かるとしよう」
マーカスの号令と共に各自自分のデスクへと散っていく。
「すまないがエド、今日はここに座って様子を見ていてくれ。明日には君専用のPCが届くから、実務はそれからだ。経験豊富な君だ、何かと相談させてもらうことになるが、いいかな?」
「ああオーケー。問題ない」
空いている席に掛け、周囲を見渡した。それぞれがPCへと手を伸ばし、電源のボタンを押す。電源投入と同時に、ピカピカと光を放つ筐体。どうやら筐体はゲーミングPCのモノらしい。赤、青、緑。LEDが鮮やかな光を放つ。
「…なんだこれは…まるでディスコだ…」
さきほどまでややもすれば殺風景とも見えたオフィスの白い壁がLEDの色に染まり、カクテルの似合いそうな景色に変わる。
エドは隣の席のミゲルに尋ねた。
「なぁミゲル。これ、目がチカチカしたりとかしないのか?」
本体と同期して光るキーボードを叩きながらミゲルが答えた。
「なぁに、そのうち慣れるさ!」
エドへ向けてグッとサムズアップ。
「ああ… …オーケーだ…」
反対側の席にはリズ。ようやく目が覚めたのか動いてはいる…モソモソと。
(大丈夫なのか、ここは…)
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この物語はフィクションです。
作中に登場する人物・団体・地名・事件などは、実在するものとは一切関係ありません。




