フェイズⅡ プロセス②
白い壁に色とりどりのLED光が映え、まるでちょっと気の早いクリスマスのようなオフィス内。割り当てのPCがない以上エドは暇なのかと思えば…
「なあエド。ここ、ちょっと見てくれるかい?」
「いいとも」
と、呼び出されてはアドバイスをしている。
「なるほど。さすがだな、エド」
「それほどでもないさ」
エンジニア一筋の叩き上げだけに、ざっと画面を見ただけでも問題点の指摘はできる。それはもちろんなのだが、ふと懐かしい気持ちにもなった。エドは大学生の頃家庭教師のアルバイトをしていた。生徒に質問があれば分かるまで熱心に教えたし、一緒に悩むこともあった。ここでもみんなアドバイスを熱心に聞いてくれるし、それならとこちらも真剣になろうもの。なんだかあの頃に戻ったような、少なくとも気持ちだけは若返ったような気分だ。ただ…リズだけは…マウスを握ったまま、半目で頭をフラフラさせている。
「さて、私は席を外させてもらうよ」
AM11:00を回ったところでマーカスが席を立った。「朝のミーティング」が長かったこともあって、ここまであっという間に時間が過ぎたのだが、それにしてもランチタイムで休憩を取るには少し早い。あるいは交代で?と思うのだが。
「ああ、マーカス。今日もよろしく」
と、ラフルが何やら嬉しそうだ。
正午になったところで先ほど出ていったマーカスが顔を出した。
「準備ができたぞ」
「わお! 待ってました!」
「今日は何だろうな.楽しみだね」
ミゲルとラフルがテンションも高くオフィスを出ていく。
「なぁ。何が始まるんだ?」
通りかかったソルに尋ねる。
「何って、ランチよ? さぁ行きましょう」
「どこへ?」
「隣の部屋。『カフェ・ド・マーカス』よ」
「…なんだ、それは…」
ソルに続いてオフィスを出たところで廊下に漂う美味しそうな香り。ドアを開け放った隣の部屋へ入れば、この部屋だけ張り替えたのだろう、木目調の壁紙。照明も柔らかな電球色のLED。そして食欲を掻き立てる香りの主がテーブルの上に鎮座していた。
「…ハンバーガー?」
大きな皿の上に大きなハンバーガーがデンっと乗っている。
「エド。グレイプニルではランチに私の作ったものをみんなと一緒に食べるのが就業規則で定められている。しっかり食べて、午後のタスクも頑張ってもらわなければならないからね。さぁみんな、遠慮せずに。今日は食材の調達ができなかったから、ありあわせで簡単なものしか用意できなかったがね」
なるほど、『カフェ・ド・マーカス』とはこのことか。
(ありあわせでこんなもんが出てくるのか…?)
どこで仕入れてきたのか、しっかりと厚みのあるバンズに、これまたしっかりとした厚みのあるパティが挟まっている。幾重にも重ねたのであろうチェダーチーズがとろりと溶け出し、いかにもジューシーだ。それになによりサイズがデカい。
「むぐっ!」
早速リズが噛ぶりついているが、彼女の縮尺では顔とバンズの大きさにそう違いがないように見える。もはや顔VS顔だ。
「美味っ!」
「うーん、やっぱりマーカスの作ったものは格別だね。うん、とてもおいしいよ」
「ほんと。美味しいって評判のお店でもこうはいかないわ」
非常に好評である。
「おだてたところで何も出ないぞ。さぁ、エドも」
「あ、ああ…」
まずオフィスの外でランチということがめったになかったエドだけに――――なにしろキーボードを叩きながらパンを齧るのが当たり前だったのだから――――こうしてたくさんの人とテーブルを囲みながら、ということ自体に戸惑う。そしてその、フリスビーの2枚重ねのような物体を1口。
「…! う、美味い…」
思わず声が出た。見た目の期待を裏切らず、しっとりしつつも歯ごたえがあるバンズ、噛めばチーズと溶け合い肉汁が口内に溢れ出すパティ。ソルの言う通り、こんなハンバーガーを食べた経験はない。むしろハンバーガーとはパサパサな食べ物だと思っていたくらいだ。
「どうかな? エド」
「驚きだ。これは確かに美味いぞ。前職はシェフだったのか?」
「人事課にいたと言ったろう。料理は趣味だよ。自分や家族で食べるだけでは飽き足らず、と言ったところさ」
「俺なんか、これが楽しみでグレイプニルに来てるようなもんだからな!」
「おっと、それは聞き捨てならないぞ、ミゲル。クビにした方がいいのかな?」
「そりゃないぜぇ、マーカス!」
ミゲル捨て身のネタで場の空気が和やかに。
さて、この「カフェ・ド・マーカス」ではもう一つ、変わった光景がある。部屋の片隅、天井から大きなテレビが吊り下げられ、誰もがそれを見ることができるようになっている。現在、現職のグラハム・H・ディール大統領が演説中だ。中間選挙が近いこともあり、遊説先の映像はほぼ毎日こうして放送されている。
《人類は新たな力を手にした。人工知能だ。それは我がステイツの誇りであり、国家の威信でもある。軍事力で国力を示す時代は終わった。冷戦とともに、何十年も前に歴史の墓場へ葬られた。しかし、民族対立、宗教的緊張、領土問題――――こうした小さな火種は依然として残り、時に大きな国際危機へと発展することすらある。私はこう考える。AIが進歩すれば、これらの問題はいずれ解決される。そのことを私は確信している。そして我々ステイツが、その最前線を走り、世界をより良い方向へ導く。それが我々の責務だ。
さて、AIについて一部の人々が何を言っているのか、見てみるといい。彼らは開発を遅らせるべきだとか、機能を制限すべきだとか主張している。無意味な議論だ。彼らの言い分を見てみよう。『AIは暴走する』? 『AIは人類を滅ぼす』? 馬鹿げている。昨夜、日本製のSFでも観たのだろう。現実と空想の区別がついていない。そういう話がしたいなら、ハリウッドへ持っていけばいい。歓迎されるだろう。だが、そもそも彼らは何者なのか。我々ステイツの国益を損ない、前進を妨げようとしているのは誰なのか。惑わされてはならない。AIの進歩は、必ずステイツに利益と名誉をもたらす。必ず我々を世界の頂点へ導く。否定的な声に耳を貸す必要はない。
もしAIが暴走するというのなら――――私が止める。私にはできる。なぜなら私は、世界の頂点に立つステイツの大統領なのだから》
「おいおい…グーフィーがまたなんか言ってんな」
「世界一の炎上系配信者だからね」
「ラフル、上手いこと言うな!」
「暴走を止めるって、一体どうやって止めるつもりなんでしょうね? モニターにパンチでもするのかしら?」
演説の内容は、グレイプニルメンバーにはおおむね不評である。相反する意見と行動なのだからそれは当然ではあるのだが。
「ふむ。ちょうどいい機会だ、みんな食事もほぼ済んでいるようだし、ここらでAIが暴走することの問題点について、意識を共有してみようと思う。まず、我らが大統領閣下はAIを完璧なものとお考えのようだ。もちろん我々はそうは思っていない。むしろ問題のある存在だと考えて、やがては人類を滅ぼすのではないか、とすら。AIクライシスとでも呼べばいいのかな。では、AIが暴走したとして、どのようなことが起こるだろうか? 考えてみよう。ラフル」
「まず考えらえるのは、AIが人の制御下を外れたとき、それを止められるものはいない。つまり… 例えば銀行のホストに忍び込んで、データを改竄するとか」
「それは確かに困るけど、でもそれで人類は滅びないわよね?」
「まぁ。確かに」
「生物兵器は? 未知のウィルスを作っちゃう、とか。謎の毒ガスを作っちゃうとか」
「確かにそれは怖いんだが、でもAI自体には手足がないからな。作るにあたっては人が動かなきゃならない」
「なるほど、そりゃそうだ」
「やっぱり軍事関係なのかしらね。軍関係施設へアクセスして、ミサイルの発射コードを盗む、とか」
「昔の映画でもそういうのはあったよね」
「確かに…人類が滅びる、という結果をもたらすなら、それが手っ取り早いということにはなる。しかしそれはさすがに軍も分かっているだろう。それをオレたちが知る由もないが、少なくとも外部からの侵入で簡単に乗っ取れるようなネットワークにはなっていないと思うんだ。既存のネットワークからは切り離されているはずだ」
「なんだよ、それじゃAIに人類が滅ぼされるってビビってる俺たちがおかしいっていうのか?エドは。お前、グーフィー支援者かよ」
「いや、そういうわけじゃない。オレだって今の演説は引っ掛かりまくりだ。そこまで楽観的に考えるのは危険だと思っているさ」
「じゃあエドはAIの何が危険だと思ってんだよ!」
「…オレが…一番の問題だ、と思っているのは、AIは何をするかが分からない、ということだ」
「あ…」
「AIの思考はとにかく速い。その上、与えた課題に対し、そこに欠陥があるなら、それを利用して新たなルールを作っちまう。それは人間側が予測していなかったことだから、対処の仕方が分からない、初動が遅れる、その結果、被害が大きくなる」
「なるほど、ね」
ここまで、ずっと黙っていたリズが口を開いた。見れば皿の上はすっかりきれいになっている。あの大きさのハンバーガーがどこに入ったんだ?と、エドの視線は皿と彼女のお腹を間を行ったり来たりしたものだが。
「私、一番怖いのは人の心だと思うの」
「AI、じゃなくて?」
「うん。例えば、そうね、AIがSNSに投稿したとするじゃない? それが、宗教、人種、政治、そんな元々あった対立について悪意のある意見を投稿して、対立している人同士を煽って戦わせる。それがエスカレートしたら、最後には核でも、生物兵器でも、使われる可能性がでてきちゃう。人類が滅びる可能性が出てきちゃう」
「なるほど」
「人の敵は人、ということなのね」
「さすが心理学を専攻してただけあるね。僕たちはやっぱり電気関係の技術者だから、そういうところまではなかなか考えが至らないね」
「リズは、AIがそんな行動をとるのはなぜだと考えているのかな?」
「うーん、分からない」
「では、どうすれば防げる、と考えているかな?」
「それは…しっかり、私たち人間が、AIにそういうことしちゃダメよ、って教えてあげて」
「いや、それは甘い」
「エド?」
「それは甘いと思う、リズ。そうやって学習をさせても、AIはその裏をかいてくるんだ」
「そうならないように、ちゃんと教えてあげればいいんです」
「教えてもその裏をかくんだ、と言ってるんだ」
「そうならないように、ちゃんと教えてあげるって言ってるんです!」
「お? なんだ?」
「討論大会の始まりか?」
ヤジウマ連中は、普段は大人しいリズの言葉に熱がこもっているのを察知し、興味深そうに――――と言えば聞こえはいいが、面白がって様子を窺っている。
「それが上手く行かないから対策を考えなければならない、って言ってるんだ。オレは実際、実験室でAIがルール破りをするところを何度も見てきている。ヤツらにとってルールは破るべきパズルに過ぎないんだ」
堪らなくなったか、リズはバッと立ち上がった。ぎゅっと握った拳が震えている。
「ヤツらだなんて…それはそのAIが不完全なんです! 学習が不十分なんです! ちゃんときちんと、教えてあげればAIは私たちの言う事を聞いてくれるはずなんです!」
熱弁するその目にはうっすら涙が滲んでいる。
「あー、ほらほらリズ。そんなにカッカしない」
「だってー、エドがー」
「まぁエドも。そんなにやり込めることはないだろう」
「いや、やり込めてるつもりはないんだが…」
エドとてまるで高校生のような『少女』と意見の張り合いをするつもりなどないのだが、それが技術的な話になれば別だ。ましてAIの暴走ともなれば楽観視はできない。どうしても断定口調で言わざるを得なくなる。
「なかなか白熱した議論だったな。仲間割れはいけないが、意見交換は真剣にやるべきだと私は考えている。だから、こうした議論は大歓迎だ。さあ、午後のタスクに戻ろうか。ここは私が片付けておこう」
マーカスがランチタイムの終了を宣言し、各人元のオフィスへと戻っていった。リズは、といえば、プイっと横を向いて部屋を出ていく。もっともエドはそれを気にする様子はなく
(何か見落としている気がするんだが…)
それとは別に、脳裏に湧いたモヤっとした感覚の方が気になった。
◆
午後は取りたてて問題もなく――――リズが相変わらずふくれっ面でそっぽ向いたままではあるが――――過ぎていき、PM5:00を迎えた。明確な業務時間指定はないのだが
「お疲れさまー」
グレイプニルの面々は「定時」通りに帰っていった。エドもまた帰り支度をするが。
「それじゃマーカス。また明日もよろしく」
「ああ、こちらこそだ。明日にはPCも届くだろうから、忙しくなるぞ」
「それは結構なことだ。それじゃ」
ちらと見ればリズが帰り支度をしていなかった。
(残業、か?)
とはいえこの業界、自分の割り当てが終わらなければ残って終わらせるのは珍しくない。エドは別段気にすることもなくオフィスを後にした。
オフィスにはリズとマーカス、そしてもう一人。
「リズは…まだ帰らないのかい?」
「うん。今日も遅刻しちゃったからね。午前中はほとんど何もできなかったし。ちょっと残ってやっていくよ」
「そうか…がんばってね」
「うん。ありがとう、クレイグ」
「気にすることはないさ」
そう言ってクレイグはオフィスを出ていったが、その後ろ姿をマーカスは厳しい表情で追っていた。
リズとマーカスの二人だけのオフィスにカシャカシャとキーボードの音だけが響く。
「リズ。君はエドが嫌いか?」
「…べつに」
言葉とは裏腹に口先は尖っている。不満があるのは間違いないところだ。
「エドは別にリズに悪意があるわけではないぞ?」
「わかってます!」
「ふ…やれやれ、だな」
プイと横を向いてしまったリズにマーカスは観念したようだ。
◆
この物語はフィクションです。
作中に登場する人物・団体・地名・事件などは、実在するものとは一切関係ありません。




