外伝その3 ― ヴァルキリーズ(下)
外伝ストーリーの最終話です。
たとえ上級職超力者だとしても、ただの日本の女子高生が自分と同等の刀の腕前を持っているなど、香には信じがたいことだった。香は幼い頃から、姫神侍一族とエンデクライオン騎士団の双方の流儀で剣術を学んできたのだ。それなのに、琴葉夕霧という名のこの少女は、香と互角の技量を見せつけていた。
「いやあ、こらあ楽しいなあ」と琴葉は声を弾ませた。「うちの腕に釣り合う女剣士に、ついに会えるなんて思わへんかったわぁ。ヤクザの用心棒をしとった頃かて、こないな相手には出会わへんかったさかいな」彼女はにやりと笑って言った。「もっとやろ、香はん。えらい夢中になれる」
「楽しそうで何よりだわ」香は皮肉っぽく言いながら、立て続けに繰り出される斬撃を受け流した。「残念だけど、遊んでいる暇なんてないのよ」香が怒涛の連撃を放つが、琴葉はそれらすべてを巧みに受け流し、逸らしてみせた。
「あーあ、おもろないなあ、香はん」琴葉の笑みがいっそう狂気を帯びる。「もっと肩の力を抜いて楽しんだらええのに」
「肩の力を抜く? 任務を遂行しなきゃいけない時にそんなことできるわけないでしょ」香はきっぱりと言い放った。「それに、正直言って邪魔なのよ!」
香は下から上へと刀を振り上げた。その一撃が琴葉の刀に激突すると、あまりの威力に琴葉は体勢を崩し、よろめいて後ずさりした。好機を逃さず、香は低く身を沈めると、斜め上へと刀を振るい、無防備になった琴葉の脇腹に刃を叩きつけた。琴葉のサイリック・シールドを切り裂くことはできなかったが、そもそも最初からそのつもりなどなかった。その一撃の衝撃で琴葉は宙へと弾き飛ばされ、やがてゴミ収集ボックスの中へと無様に転がり落ちた。
琴葉を打ち負かした香は、その場に相手を残したまま、超高層ビルの中へと駆け込んでいった。
***
ノーラが「爆弾」という言葉を口にした途端、現場は阿鼻叫喚の渦と化した。人々はパニックに陥り、一刻も早く逃げ出そうと必死になってエレベーターや階段へと殺到した。それでも、群衆を誘導し、パニックを鎮めようとする冷静な人々もわずかながら残っていた。
ノーラは気まずそうに言った。「えっと、ごめん」
「そんなことはいいわ」とアンヌリーゼ。「で、肝心の場所はわかったの?」
ノーラは頷いた。「屋上よ。あそこにもテロリストがいるわ」
「わかった」とアンヌリーゼ。「まずはここのテロリストを制圧しましょう。それから、すぐに屋上へ向かうのよ」
あっという間にテロリスト全員が拘束され、ヴァルキリーたちは屋上へと続く階段を駆け上がった。途中で数人のテロリストに遭遇したが、彼らはブレアの銃の腕前やアンヌリーゼの格闘術によって容易に片付けられた。そうして素早く階段を上りきると、彼女たちは勢いよくドアを突き破って屋上へと飛び出し、そこに残っていたわずかなテロリストたちの不意を突いた。
アンヌリーゼとブレアは、残っていた数人のテロリストを素早く制圧した。しかし、最後のひとりに詰め寄った際、その男が「止まれ!さもないと起爆するぞ!」と叫んだ。彼が胸に爆弾を巻き付けていることに、彼女らが気づいたのはその時だった。
ヴァルキリーたちは一斉に足を止めた。ノーラが声を上げた。「あの、や、やめてください!仲間のテロリストは全員捕まりました。こ、これ以上続ける意味なんてないはずです」
「意味がないだと?」テロリストは言った。「意味ならあるさ。俺がこの屋上から飛び降り、眼下の混雑した通りで爆弾を炸裂させればな!」
「な、何ですって?」アンヌリーゼが叫んだ。「あなただって死ぬことになるわよ!」
テロリストは笑った。「無知な連中め!俺は至高の存在だ!こんなもので死ぬはずがない!」
「クリストファー・マーロウはこう書いているわ。『地上で笑う愚か者は、地獄で泣くことになる』とね」とブレアが言った。アンヌリーゼとノーラが彼女を凝視すると、彼女は続けた。「何よ?いつもシェイクスピアを引用してるわけじゃないわよ。他にも偉大な作家はいるんだから」そして彼女はテロリストに向き直った。「サイリック・シールドの仕組みについて、少し教えてあげるわ。まず、あれは万能じゃない。十分なダメージを受ければ、シールドは崩壊するの」
「何だと?」テロリストは明らかに動揺した様子で言った。
「こういうことよ」とブレアは言った。「あんたが計画していることを実行しても、生きてはいられないわ。一つは、爆発が先に起きた場合。その爆発でシールドが消し飛び、落下で死ぬことになる。もう一つは、先に地面に激突した場合。落下の衝撃でシールドが消え、その後の爆発で死ぬことになる。どっちにしろ、あんたの命はそこまでよ」
テロリストは一瞬ためらうような素振りを見せたが、やがて叫んだ。「ハッタリだ! 俺は超越した存在なんだ! それを証明してやる!」
「やめて!」とアンヌリーゼが叫ぶ。ブレアも銃を撃ったが、時すでに遅く、テロリストはビルの縁から身を躍らせていた。
テロリストは眼下の通りに向かって落下し始めた。しかし、数メートルほど落ちたところで、下から吹き上がってきた強烈な突風に支えられ、彼は突如として空中で静止した。
「な、何だ?」――気づいたときには、テロリストはネイサン・アーセナルの顔を間近に見つめていた。
ネイサンは自身の風の能力に加え、マントをパラグライダーのように操ることで、空中に留まっていたのだ。彼はテロリストをしばらく見つめた後、こう言った。「進む方向を間違えているようだね。君が行くべき場所は……『上』だよ!」
ネイサンが左の掌を上に向かって突き出すと、それに呼応して猛烈な突風が吹き荒れ、絶叫するテロリストを遥か上空へと押し上げた。その直後、爆発が起きた。凄まじい轟音と閃光を伴う巨大な爆発だった。だが、それは高空で発生したため、東京のビル群や通り、そして人々には何ら被害が及ぶことはなかった。
ネイサンは爆発の余波を見届けると、自らも上空へと向かった。そこで彼は、意識を失ったテロリストの身体を抱きとめると、無事に超高層ビルの屋上へと運び下ろした。アンヌリーゼ、ノラ、ブレアが安堵の息を漏らす中、ネイサンは言った。「やあ、みんな。お疲れ様」
***
それから1時間もしないうちに、エンデクライオン騎士団の警察騎士が現場に到着し、地元当局と連携してテロリスト全員を確実に拘束した。警察騎士に同行していたアンジェリカと武田は、超高層ビルの足元で「ヴァルキリーズ」の面々と合流した。
「ご苦労だったな、ネイサンくん」と武田が言った。「死者も重傷者もなし。理想的な結果と言えるだろう」
「いや、僕は何もしていないよ」ネイサンはそう言うと、誇らしげに他のヴァルキリーズのメンバーを指し示した。「功績の大部分は、僕の教え子たちと、新しい副隊長のものだ。称賛に値するのは彼女たちだよ」
「本当に立ち直ったのね」アンヌリーゼが小声で言った。彼女は再びラベンダー色のスーツドレスを身にまとっていた。
「ええ、本当によかったわ」ノーラも小声で応じた。「あの一件がきっかけで、ようやく吹っ切れたのね」
アンジェリカが彼女たちに歩み寄り、「悪くないですわね。実にいい仕事でしたわ」と声をかけた。そしてアンヌリーゼに向かってにっこりと笑いかけた。「それで、ヴァルキリーズの副隊長として初めての任務を無事に終えた気分はどうですの?」
「大きな犠牲を出さずに乗り切れて、ただただホッとしているわ」とアンヌリーゼは言った。「長いリハビリ期間を経て、プレッシャーに負けずにやり遂げられたことが何より嬉しいわ」
アンジェリカは少しの間、考え込むような素振りを見せた。「そういえば……ここ3年間リハビリをしていたことを考えると、これは単にヴァルキリーズの副隊長としての初任務というだけではなかったですわね。エンデクライオンの騎士としても、これが初めての任務だったわけですわ」彼女は再びアナリースに微笑みかけ、こう言った。「トビーもきっと、あなたを誇りに思うはずですのよ」
その言葉の意味を噛みしめるように、アンヌリーゼはしばらくアンジェリカを見つめていた。やがて、彼女の目に涙が浮かんだ。「私……ようやく、彼とまた肩を並べて歩ける気がします」
仲間たちから少し離れた場所で、香は不安げな表情を浮かべて周囲を見回していた。そこへブレアがすっと隣に寄り添い、「どうしたの?」と尋ねた。
「あの傭兵、琴葉夕霧のことよ」と香は言った。「どこにも姿が見当たらないの」
***
「げっ、最悪の結果な」琴葉夕霧は肩についたゴミを払いながら、そう呟いた。彼女は川沿いの道を歩き、ちょうど橋の下にある隠れ場所へと足を踏み入れたところだった。「せっかく、心から楽しめそうな相手に出会えた思たのに」
「ああ、後日彼らと楽しむ機会は、いくらでも作れるはずですよ」
琴葉は、いつの間にか隣に立っていた青年の方を向いた。「それで、どなたかしら?」
「はじめまして、夕霧さん」青年は言った。「僕の名はフリン・デヴロー」
「ふーん。で、フリンはんはうちに何の用?」
「そうですね……あなたが先ほど出会った連中とは、かなり親しい間柄だと言っておきましょう」デヴローは言った。「彼らは『エンデクライオンの騎士団』と呼ばれています。もし興味がおありなら、僕の組織が将来的に彼らと再会する機会を提供できると思いますよ。もっとも、あなたが我々にその腕を売ってくれるなら、の話ですが」
「へえ、そうやで」琴葉は少し考え込んでから言った。「まあ、話を聞いて損はあらへんわな。フリンはん、そのあんたの組織について、ぜひ紹介してもらえるんやろか」
外伝ストーリーはここで終了です。次回からは第四章が始まります。第四章に関して報告があります:第四章は筆のクオリティーを上げたいので最新は月・水・金の週三回、午前8時にすることにしました。すみません。どうか、これからも応援よろしくお願いします。




