第十二話 現在:ネイサンの話
はい、「現在編」の話です。注意してください。
現在
日本では騎士たちは、キャンパス北側にある「用務員用資材置き場――関係者以外立ち入り禁止」と記された、何の変哲もない建物の周囲に防衛線を敷いていた。大半の学生にとって、その建物は用務用の機材が詰まった古びた倉庫に過ぎず、気にも留めないような場所だった。だが、その実態は全くの別物だった。
その建物には、地下深くまで広がる巨大な洞窟群「封印の洞窟」への入り口が隠されていたのだ。カオジェンがその洞窟への侵入を画策していることは周知の事実だったため、エンデクライオンはその建物のすぐ外に即席の拠点を設けていた。奇妙なことに、そこには休憩所や屋台まで並んでいた。
カイルは今、テーブルの一つに座り、目の前にいる少女たちを眺めていた。彼女たちの中には、噂話に興じる者、来るべき戦いに備えて精神を集中させる者、あるいは実戦に向けた訓練に励む者などがいた。これほど若い少女たちが皆エンデクライオンの騎士であるというのは、どこか不思議な感じがした。だが同時に、カイルはなぜそう感じるのかとも思った。彼女たちは皆サーラと同じくらいの年頃なのだ。サーラがエンデクライオンの騎士になれるのなら、彼女たちだって当然なれるはずなのだから。
「あの、隣に座ってもいいですか?」ネイサン・アーセナルに声をかけられ、カイルはハッとした。先ほど着ていたスーツに加え、ネイサンは今、白いマントを羽織り、樫の木の杖を手にしていた。
「あ、ああ、いいよ」とカイルは答えた。
ネイサンは頷くと、テーブルの席に着いた。しばらくの間、気まずい沈黙が流れた。カイルがいったい何事だろうかと思い始めたその時、ネイサンが突然口を開いた。「ローランやアンドリュー・エカルドと一緒に仕事をするのって、どんな感じなんですか?」
それはカイルにとって、全く予想外の質問だった。「え? 何だって?」
「あ、いや、ごめん」とネイサンは言った。「ただ……その……エカルド兄弟のことに関しては、僕も……複雑な……思いがあってね……」
「自分のこれまでの経緯を話してみたらどうかしら?」と、近くのテーブルからアンジェリカが提案した。「そうすれば、胸のつかえが取れるかもしれないですわよ」
ネイサンがためらっている様子だったので、カイルは言った。「まあ、もしよければ俺が話を聞くよ」
「わかりました」とネイサンは言った。「そうだな……。僕の話は、父さんのことからはじまります。父さんの名はノーラン・アーセナル。二十年ほど前、彼は同世代で最強のエンデクライオン騎士だと目されていたんだ。父さんの存在そのものが戦況を覆す力を持つと言われ、偉大なるシャドウ・ストーカー、マクシミリアン・コロッサイとのライバル関係は伝説として語り継がれていた。僕は、そんな偉大な遺産を背負って育ったんだ」
「それは……重圧だっただろうな」とカイルは言った。
ネイサンは話を続けた。「5年ほど前、父さんが亡くなった後、僕は日本へ移り住みました。表向きの理由は、オックスフォード大学で古典言語・文学の博士号を取得したことで、若年ながら聖アヴィントン・インターナショナル・スクールで教鞭をとる機会を得たから、というものでした。ですが実際には、『エンデクライオン騎士』としての修練を積むのに、ここが最適な場所だと判断されたからなのです」
カイルは信じられないといった様子でネイサンを見つめた。「本当にオックスフォードで博士号を取ったのか? 11歳で?」
「ええ、そうです」とネイサンは言った。「そうして、理想的な環境で修練を始めたわけですが……僕は焦っていました。偉大なるエンデクライオン騎士の息子であるにもかかわらず、平凡な修練課程をこなしているだけだったからです。通常の課程だけでは、父さんの遺した功績に見合うような存在にはなれないと感じていました。そこで僕はアンジェリカさんを探し出し、修練の指導を引き受けてくれるよう頼み込んだんです。最初は断られましたが、何度も食い下がった末に、ようやく折れてくれました」
「正確には違いますわね」とアンジェリカが口を挟んだ。「私が言ったのは、たった1ヶ月で修練を完了できるなら指導を引き受ける、ということですのよ。無茶な条件を突きつければ、彼も諦めて、大人しくまっとうな修練に取り組むだろうと思っていましたの」
カイルは眉をひそめた。「ちょっと待て。一ヶ月だって? それって……」
「そうですのよ」とアンジェリカは言った。「このとんでもない子供は、私の無茶な要求を、超力者の持久力を極限まで引き出す一ヶ月間の訓練プログラム――『クラッシュ・コース』――へと作り変えてしまったの。そして実際にそれを完遂し、史上最年少のエンデクライオン騎士になったのよ」
カイルは信じられないといった様子で、顔を赤らめているネイサンを見つめた。
「それで、話に戻るけど」とネイサンは言った。「騎士になってからは、昼は教師、夜はカオジェンと戦うという二重生活を送るようになったんだ。やがて、生徒たちにその二重生活がバレてしまいまして。彼らから『自分たちも参加させてほしい』と頼まれたんですよ。最初は渋ったんだけど、彼らの決意の固さに根負けして、僕の個人的な部隊『ヴァルキリーズ』として鍛え上げることにしました。僕が次の騎士団長になるのではないかという話さえありました。人生は順調にいっているように思えたよ」ネイサンは眉をひそめ、こう続けた。「……少なくとも、アメリカにいる15歳の双子の兄弟が、3年前に僕の『クラッシュ・コース』をすでに完遂していたと知るまではね」
「うっ」とカイルは声を漏らした。エカルド兄弟の影に隠れるような思いは、彼にも痛いほどよく分かったからだ。
「僕、うぬぼれてるのかな」とネイサンは尋ねた。「自分では謙虚なつもりだったんだ。でも、物心ついた頃から天才だの神童だのと言われてきた。11歳でオックスフォードの博士号を取り、たった1ヶ月で騎士になれる訓練プログラムを考案して、史上最年少で騎士になった。次期騎士団長最有力候補とまで言われていた。それなのに、後になって、海を隔てた場所にいる兄弟が、僕の考案したあの過酷な課程をやり遂げたと知ったんだ。まあ、彼らは僕より年上だったけど……。挙句の果てに、その兄弟の一人が僕を差し置いて次期騎士団長になった。つまり……エカルド兄弟と共に仕えることを誇りには思っているけれど、どうしても……」
「それはあなたが人間らしいってことですのよ」アンジェリカは紅茶を一口飲みながら言った。「とはいえ、私にも責任の一端はありますわね。あの兄弟が騎士団に入ったきっかけを作ったのは、ある意味で私なのですから」カイルが不思議そうな視線を向けると、彼女は続けた。「ネイサンを指導して以来、私は才能ある子供たちに目を光らせるようにしていましたの。エドワードとヘレン・エカルドとは長い付き合いで、彼らの双子の息子に類まれな才能があることは知っていましたわ。そこで、ある仕掛けをしましたの。4年ほど前、兄弟があなたの家を訪ねているタイミングを見計らって、当時の騎士団長オーガスト・マーベリックに、あなたの父サイモン・サンダースからある物を受け取ってくるよう頼みましたのよ。案の定、マーベリックは少年たちに目を留め、スカウトしたわ」アンジェリカは紅茶を一口飲み、こう言った。「もっとも、ローランとアンドリューが私の想像をはるかに超える才能を秘めていたことは、嬉しい誤算でしたけれど」
「まあ、背負っていかなきゃならない宿命ってやつですね」とネイサンはため息をついた。「それにしても、この前のミストカリアでの任務には、せめて僕も連れて行ってほしかったよ」
「えっ? どうして?」とカイルが尋ねた。
「ミストカリアは僕にとって重要な場所だからさ」とネイサンは言った。「僕の母さんは、王族の一員だったレイナ・ミストカリアなんだ。18年前、国王と王妃が暗殺され王女が行方不明になった後、モルガナ・ブラックハートと彼女が率いるカオジェンの一味によって、王国全土で大規模な内乱が引き起こされたんだ。父さんとエンデクライオン騎士団の一団は密かに王国へ潜入し、母さんや彼女の派閥と協力してその騒乱の鎮圧にあたったんだ。その後、母さんを新たな君主に望む声も多かったんだが、元老院の一部の上級貴族たちはそれを良しとしなかった。彼らはでっち上げの罪を着せ、国王と王妃の暗殺犯に母さんを仕立て上げたのさ。父さんと仲間たちは、母さんを陥れた腐敗貴族たちの悪事を暴き出した上で、彼女を密かに国外へ脱出させるしかなかったんだ」ネイサンはため息をつき、言葉を続けた。「不幸なことに、母さんが元老院に捕らえられていた間に密かに毒を盛られていたことを、両親は知らなかったんですよ。父さんも母さんと一緒になった際に、その毒の影響を受けてしまったんです。二人はその毒が原因で、5年前に亡くなりました。幸い、僕には毒の影響はなかったけどね」
「そうだったのか……それは気の毒に」とカイルは言った。「待てよ。それってつまり、君はリアンナと親戚ってことか?」
ネイサンは片方の眉を上げた。「王室連絡騎士のリアンナ・ケリスさんのことですか? ……そうなりますね」
アンジェリカはお茶を飲み干すと、立ち上がった。「さて、興味深い話ではあるけれど、そろそろ準備を始める時間ですわね」彼女は言った。「カイル、悪いけどトバイアスを呼んできてくれる?」
「ああ、わかった」カイルもそう言って立ち上がった。
カイルはすぐに、屋台の屋根に座ってオカリナを吹いているトビーを見つけた。「やあ、いい曲だね」と彼は言った。
トビーはカイルを見上げ、「ありがとうございます。暇な時間には練習するようにしているんです」と答えた。
「さて、その暇な時間も終わりだ」とカイルは言った。「行こう、仕事の時間だ」
「了解しました」とトビーは言った。
***
学校を取り囲む森の中に身を潜め、エッグゼービエル・ソランは双眼鏡越しに洞窟の入り口周辺を観察していた。「チッ、エカルドはいないな」と彼は言った。「クソッ、もう一度あいつとやり合えると思っていたんだが」
「まあ、思い通りにいかないこともあるさ」と、隣に立つヴァージル・コリンが、その常軌を逸した笑みを浮かべながら言った。「で、他に誰がいる?」
「ふむ……カイル・サンダースがいるな」とソランは言った。「あいつは厄介だぞ。俺の『盾切り』の技を知っているからな」ソランは双眼鏡で周囲を見渡した。「アンジェリカ・セルヴァンス、ネイサン・アーセナル、それから……」ソランは言葉を切り、双眼鏡をコリンに手渡した。「自分の目で確かめてみろ」
コリンはクスクスと笑いながら双眼鏡を受け取った。だが、それを覗き込んだ途端、彼の顔から笑みが消え失せ、虚ろな表情が浮かんだ。彼は静かに双眼鏡を覗き続け、やがて静かに一つの名前を口にした。
「トビー」
面白かったですか?何度も忠告しますが「過去編」と「現在編」の二種類の話があるので注意してください。




