第十話 過去:町へ
はい、「過去編」の話です。注意してください。
過去
訓練が始まって数ヶ月が経ったある夜のこと、アンヌリーゼは窓を叩く音で目を覚ましました。眠気まなこでベッドから起き上がり、窓を開けると、そこにはトビーの姿がいた。
「えっ、トビー? こんな夜中にどうしたの?」
「ふと思いついたことがあってさ」とトビーは言った。「アンヌリーゼ、明日の休みは何をする予定?」
「うーん、特に何も」とアンヌリーゼは答えた。「追加の訓練でもしようかと思ってたんだけど」
「そっか。じゃあ、もしよかったら明日、俺と付き合ってくれないかな?」
「ええと、いいわよ」
トビーは満面の笑みを浮かべて言いました。「やった! じゃあ朝食のあとすぐに出かけよう。また明日ね」
そう言って彼は立ち去りましたが、アンヌリーゼは何のことなのかと不思議に思った。
***
驚いたことに、トビーがアンヌリーゼを連れて行ったのは、メキシコ国境に近いニューメキシコ州の町だった。広い通り、点在する商店や牧場、公共施設、そして英語とスペイン語を話す地元の人々――その町は、これといって特別なところのない、ごくありふれた場所だった。だが、「カオス・ジェネレーションズ」の隠されたコミューンで育ったアンヌリーゼにとって、目にするものすべてが未知の光景だった。彼女は好奇心を浮かべた瞳でトビーを見上げた。
トビーは言った。「コミューン育ちの君なら、こういう場所はすべて新鮮な体験になるだろうと思ったんだ」
アンヌリーゼは何も言えなかった。目にした光景に圧倒されていたからだ。トビーが手を差し出すと、彼女は一瞬ためらいながらもその手を取った。トビーは意気揚々とした様子で彼女を町へと連れて行った。不安はあったものの、アンヌリーゼはトビーの熱意に思わず感化されてしまうのを感じずにはいられなかった。
トビーがアンヌリーゼを最初に連れて行ったのは、質屋だった。そこで彼は、支給されていた投げナイフの一部を現金に換えた。
「そんなことして大丈夫なの?」とアンヌリーゼが尋ねる。
「たぶん、ダメだろうな」とトビーは言った。「でも、このナイフはしょっちゅう紛失するから大量に支給されるんだ。だから、たぶん問題ないさ。それに、代わりのものを買うつもりだしね」
次にトビーは彼女を1ドルショップに連れて行った。そこで彼はトランプを3セット購入した。アンヌリーゼは、彼がわざわざ3種類の異なるブランドを選んで買っていることに気づいた。
「わざわざ違う種類のカードを買ったの?」
「ああ、そうだよ」とトビーは言い、そのうちの1つを掲げて見せた。「どのセットも54枚入りだ。3セットで計162枚になる。当然、投げ回していると、どれ程使ったか分からなくなるだろ。だから違うブランドにしたんだ。前に使っていたのとは別のブランドを投げ始めたら、54枚使い切ったってことが分かるからね。そうすれば、あと何枚残っているか把握しやすくなる」
「つまり、本当に投げナイフの代わりにトランプを使うつもりなのね?」アンヌリーゼは眉をひそめて言った。
「その通り」トビーはそう言ってカードをしまった。そしてアンヌリーゼの方を向き、「ねえ、君にお金を渡すから、何か買ってみたらどうかな」と言った。
アンヌリーゼの顔から血の気が引いた。「えっ? いや、だめ、だめよ!」彼女は手のひらを広げて身振りし、首を横に振った。「私、これまでの人生でお金を使ったことがないの。いきなり何かを買うなんて無理よ」
「簡単だよ」トビーは5ドル紙幣を彼女に手渡しながら言った。「買うものを選んで、レジに持っていくだけ。代金が足りているか確認してね。心配しなくていい、俺がついていてうまくいくように見守るから」
トビーがにっこりと笑いかけると、アンヌリーゼは折れるように言った。「えーと、わかったわ。やってみる」
それから15分ほどして、アンヌリーゼは近くのファストフード店で、バニラとチョコレートのミックスソフトクリームを無事に購入していた。しばらくソフトクリームを見つめた後、彼女はおずおずとそれを口にした。
「んー……最高ね」彼女は言った。「ソフトクリームなんて、今まで食べたことがなかったわ」
トビーも自分のソフトクリームを一口食べた。 「うわっ、これ美味しいね」と彼は言った。
「うん」とアンヌリーゼは答え、ソフトクリームをもう一口食べた。ソフトクリームを味わいながら、彼女の視線はファストフード店の他の客たちへと向けられた。手早く昼食をとるトラック運転手、幼い二人の子供に食事をさせている母親、コーヒーをすする地元のビジネスマン、フライドポテトを分け合うティーンエイジャーたち――といった人々だ。
「ねえ、トビー」とアンヌリーゼは言った。「ここにいる人たちって、みんな『超力者』じゃない人たちだよね?」
トビーは周囲の客を見回した。「ああ、そうみたいだね」
「『カオス・ジェネレーションズ』は、こうした連中は私たち超力者より劣っていると説いているわ」と彼女は言った。「でも、彼らを見ても、私にはそうは思えないの。ただ自分たちの人生を生きている人たちにしか見えない。一体、彼らのどこが私たちより劣っているっていうの?」
トビーは眉をひそめて言った。「正直なところ、そこまで深く考えたことはなかったな。『カオス・ジェネレーションズ』に入ったのだって、単に食事と寝床をタダで提供してくれるからだったし」
「シャドウ・ストーカーになるつもりなら、心に留めておくべきことだと思うわ」
「ああ、確かにそうかもしれないな」とトビーは認めた。「もう少し考えてみるよ」
***
トビーとアンヌリーゼは、その日の残りの時間を町で楽しく過ごした。やがて日が沈み始め、トビーはそろそろ訓練施設へ戻る時間だと判断した。帰り支度を始めたとき、アンヌリーゼは何やら言い淀む様子を見せたが、やがて思い切ったように口を開いた。「トビー、あなたに何か買ってあげてもいい?」
「えっ?」
「あ、その……あなたのお金で買うことになるから、あまり意味がないかもしれないけど」とアンヌリーゼは言った。「でも、あなたに何か贈りたいの。今日、町を案内してくれたお礼に」
「えーと、うん、いいよ」とトビーは答えた。
数分後、トビーの手には、アンヌリーゼが彼のために買ってくれた青い陶器のオカリナが握られていた。
「あの、大したものじゃないかもしれないけど」とアンヌリーゼは言った。「それに、あなたが上手に吹けるかどうかもわからないし。でも、なんとなく……」
トビーは手の中のオカリナを見つめた。それは安っぽい陶器製で、おそらく音程も狂っているだろう。実質的には何の価値もない代物だ。それなのに、トビーの目には、そのオカリナが世界中のどんな宝石よりも価値あるものに映っていた。
「今まで、誰からもプレゼントをもらったことなんてなかったんだ」トビーは驚きと感動を込めた声で言った。彼は感謝の笑みを浮かべ、アンヌリーゼに向かってにっこりと微笑んだ。「ありがとう、アンヌリーゼ! 大切にするよ」
アンヌリーゼもまた、彼に向かって満面の笑みを返した。「どういたしまして、トビー」彼女は言った。「それから、ありがとう。今日はここに連れてきてくれて、本当にありがとう」
面白かったですか?何度も忠告しますが「過去編」と「現在編」の二種類の話があるので注意してください。




