第四話 パインシャックル・フォレストの戦い
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1時間もしないうちに猛吹雪が本格化していた。ピックアップトラックはパインシャックル・フォレストの縁を走る古い田舎道を突き進んでいた。この広大な国立公園はカナダにまでまたがり、キツネやシカ、キジなど多種多様な野生動物の生息地となっている。森を覆うようにそびえ立つ巨大なダグラスファー(ベイマツ)がまるで大地を互いに「つなぎ留めている(シャックル)」かのように見えたことがこの森の名の由来だ。カイルはローランの家への近道になるだろうと考え普段はパークレンジャーが利用する未舗装の道に入り込んだのだが、今やその選択を後悔していた。
「スマホの電波が入らないわ」とサーラはスマホをいじりながら言った。「大雪で基地局が一つ倒れたのかも」
「やれやれ。この天気当分収まりそうにないな」とカイルはつぶやいた。彼は普段よりもずっとゆっくりと車を走らせていた。
「いっそ天気が回復するのを待ったほうがいいかも」とサーラが提案した。
メレディスは少し躊躇してから「あの…私も意見を言ってもいいかしら?」と言った。
「構わないな」とカイルは言った。
「ためらう必要はないわ」とサーラは同意した。
「じゃあ…私は待たない方がいいと思う」メレディスは再びためらった。「でも、待つのが一番いいと思うなら…」
「待った」とカイルは言った。「何かあるぞ」彼はトラックを停車させた。
「何?」サーラとメレディスは声を上げフロントガラス越しに外を見つめた。視界は悪かったがそこには男たちの人影が見え、雪景色に目が慣れてくると26人の男たちが道を塞いでいるのが分かった。その大半はフード付きの黒い色のローブをまとっていた。ローブを身につけていない唯一の人物はリーダー格と思われる男であり、彼は豊かな長髪と髭を蓄えた筋骨隆々の金髪の巨漢だった。プロレスラーのような体格をしておりその佇まいは檻から飛び出そうと待ち構える野獣を彷彿とさせた。
その男たちの姿を目にした途端メレディスの様子が一変した。ただでさえ青白かった顔は死人のように白くなり緑色の瞳には純粋な恐怖が宿って涙が浮かんだ。
「メレディス?」カイルは明らかに心配そうな声をかけた。
「嫌よ! 嫌よ! 私が見つかるはずなんてない!」メレディスは突然叫び出した。「私が見つかるはずなんてない! 連れて行かないで! 連れて行かないで!」彼女は完全に錯乱状態に陥り、喉からは嗚咽が漏れ、目からは涙がとめどなくあふれ出ていた。
カイルとサーラは顔を見合わせた。二人の脳裏には同じ考えがよぎっていた――(誘拐犯?)二人は同乗者の方を向ききっぱりと「メレディス!」と呼びかけた。その声に我に返ったメレディスだったが恐怖で身を震わせながらなおもその兄妹の方を振り返った。
「私たちが何とかするから」とサーラは優しく言った。「事態が収まるまでここにいてね」
「約束するよ」とカイルも言った。「君を傷つけさせたりはしない」
メレディスはゆっくりと頷き、いくらか落ち着きを取り戻したようだった。カイルは彼女を一人残すことに気が進まなかったが他に選択肢はないと感じサーラと共にトラックから降りた。二人は少しずつローブをまとった男たちに近づいていった。
「26人か」とカイルは囁いた。「やれると思う?」
「26人相手はさすがに無茶よ」とサーラは声を潜めて言い返した。「特にあのレスラーみたいな大男。見ただけでも体重差を考えると勝ち目は薄そうだし」
「いっそトラックで人間バリケードを強行突破してみるべきだったのかもな」
「雪さえ降っていなければ私もそう提案していたわ」
カイルとサーラは男たちのほうへ歩み寄り挑戦的な態度で彼らを睨みつけた。「あなたたち、私たちの行く手を阻むなんて一体どういうつもり?」とサーラが問い詰めた。
「その赤毛の娘だ」と、獣のような男が言った。その声は低く荒々しくどこか喘ぐような響きが混じっていた。「その赤毛の娘を俺たちに引き渡せ」
カイルとサーラは顔を見合わせた。その視線は(まずい、本当に誘拐犯だ!)と語っていた。カイルは大きく息を吸い込むとこう言った。「悪いけどその赤毛の子は俺たちと一緒なんだ」
「どうやら俺の言いたいことが伝わっていないようだな」獣のような男が唸るような声で言った。「俺は『シャドウ・ストーカー』、ダンテ・ゴーシャン! 我らこそ『カオス・ジェネレーションズ』だ! さあ、その赤髪の娘を差し出せ。さもなくば命はないと思え」
「どっかの遅れた発展途上国の王様だろうが何だろうが知ったことか」カイルは言い放った。「彼女をお前らなんかに渡すもんか!」
「ならば『カオス・ジェネレーションズ』の怒りを買うことになったな!」ゴーシャンが唸り声を上げ部下たちに合図を送ると彼らはその兄妹に向かって歩み寄り始めた。
突然、カイルは身を低くして目の前の男に拳を叩き込みその男を少なくとも5メートルは後方へと吹き飛ばした。続いて彼は身を翻しその予期せぬ動きに虚を突かれた他の二人の男を回し蹴りでなぎ倒した。一方サーラは自分に迫ってきた別の男の手首を掴むとその勢いを利用して相手を地面に叩きつけ制圧した。その間にカイルは二段蹴りのコンビネーションでさらにもう一人を倒していた。
「ゴーシャン様」と、男の一人が声を上げた。
「あの二人、武術の使い手だな」ゴーシャンは目を細めて言った。「あの少年は中国武術の技を使っていた。少林拳の派生形のようだ。娘の方は日本の護身技を使っていた。合気道だな」
「ゴーシャン様、それだけではありません」
「ああ、わかっている」とゴーシャンは唸るように言った。「あの二人は『上級職』だ」彼は手を挙げいくつかのハンドサインを送った。「そして、予期せず遭遇してしまった『上級職』に対処する方法もある」
カイルが反応するより早くゴーシャンがその拳をカイルの腹部に叩き込み息を吹き飛ばした。カイルは地面に倒れ込み荒い息を整えようとした。
「お兄ちゃん!」とサーラが叫んだ。彼女は倒れた兄の元へ駆け寄ろうとしたが、カオジェン教団の信徒3人に捕まり地面に押さえつけられてしまった。
「その場で殺さなかったことをありがたく思え」とゴーシャンは唸った。彼がトラックの方へ歩き出そうとしたその時、カイルが不意に身を乗り出し彼の脚にしがみついた。
「言っただろ、彼女を連れて行かせはしないってな!」カイルがゴーシェンの足を後ろへ強く引くと不意を突かれた巨漢はそのまま後ろ向きに倒れ込んだ。サーラはその動きを合図に襲いかかってきた男のうち二人を投げ飛ばし三人目の男の鼻に頭突きを食らわせた。
「この野郎……!」ゴーシャンは慌ただしく立ち上がるとカイルを踏みつけようとした。だがカイルはその足を難なく掴み再びゴーシャンを投げ飛ばす。ゴーシャンが起き上がったときにはすでにカイルは待ち構えていた。ゴーシャンが拳を繰り出すがカイルは軽々とそれをかわす。培った格闘の技を活かしカイルはゴーシャンの腹部にミドルキックを叩き込み続けて胸元へ強烈なジャブを放った。さらに回し蹴りでとどめを刺そうとしたがゴーシャンに足を掴まれ地面に引き倒されてしまう。それでも怯むことなくカイルはそのままゴーシャンを背負い投げるようにして放り投げ、頭から雪面へと叩きつけた。
一方、サーラもまたこの状況を最高に楽しんでいた。二人の信徒が彼女を組み伏せようと襲いかかったが、サーラは的確なローキックで彼らの足を払い地面に転倒させた。「やあ!次は誰?」彼女は武術の構えをとりながら言った。別の信徒が掴みかかってきたがサーラはアッパー、フック、そしてとどめの回し蹴りで彼を退けた。「あら、その程度?そんな腕前で私みたいな女の子に勝てると思ってるの?」すると、十人ほどの信徒が一斉に彼女を取り囲んできた。サーラはゴクリと息を呑み「なるほど、いい返事ね」と言った。
その間、カイルの技術はゴーシャンを上回っているように見えた。パンチとキックを組み合わせた攻撃は体格で勝る相手に確実にダメージを与えていた。ゴーシャンが圧倒的な怪力を誇る一方でカイルのスピードの前にはその一撃さえも空を切るばかりだった。
「このクソガキが……!」苛立ちを露わにゴーシャンは唸り声を上げた。内心では(一体どうなっているんだ?)と訝しんでいた。(俺の目の前のこの二人は単なる上級職の武術家などではない。こいつらの実力は明らかにエンデクライオン騎士の域に達している!)
「今回は相手を間違えたな」とカイルは言い放った。
ゴーシャンは不意に薄笑いを浮かべ「いや、間違えたのはお前だ」と言い放った。カイルが事態を把握する間もなく二人の信徒が彼に飛びかかり抵抗する彼を地面にねじ伏せた。ちらりと妹の方に目をやるとサーラもまた少なくとも六人の信徒によって地面に押さえつけられているのが見て取れた。
「お節介なガキどもはもうたくさんだ」とゴーシャンは唸った。「さて、獲物のお出ましだ」。彼はトラックに歩み寄るとそのドアを力任せに引きちぎった。そこに、恐怖に震えるメレディスの姿があった。「俺と一緒に来い!」
「やめて!」メレディスは叫んだ。ゴーシャンが彼女を捕まえようと手を伸ばしたがメレディスは渾身の力で彼の顔を蹴りつけた。怒りにうなり声を上げながらゴーシャンはトラックの中に飛び込んでメレディスを掴み、激しく抵抗する彼女を外へと引きずり出した。「離して! 離してよ!」彼女は涙を流しながら叫んだ。
「彼女に触るな」カイルは怒りをたぎらせながら唸った。彼は必死にもがき片腕をどうにか自由にした。「彼女に触るんじゃねえ!」カイルの手から突如として突風が放たれゴーシャンを吹き飛ばしてメレディスから手を離させた。「なんだ……?」カイルは驚きの声を上げた。
「メレディス、逃げて!」とサーラが叫んだ。
メレディスはためらいながら言った。「でも、二人を置いていくなんて……」
「行って、メレディス! 奴らが狙っているのは私たちじゃなくてあなたなのよ!」とサーラが叫ぶとメレディスはもう一度だけ迷う素振りを見せた後、森の中へと走り出した。
「追え!」とゴーシャンが唸るように命じた。数人の信徒たちがメレディスを追って駆け出した。「あいつらを縛り上げろ」ゴーシャンはカイルとサーラを指さして言った。「『カオス・ジェネレーションズ』に手を出した報いというものを思い知らせてやるんだ」
***
メレディスは息を整えるために立ち止まるまでかなりの距離を走った。さっき起きた出来事を思い返し彼女の目に涙が浮かぶ。「これじゃあの時と同じじゃない」と彼女は声に出した。「また逃げるわけにはいかない。戻ってカイルとサーラを助けなきゃ」。決意を固めたメレディスは来た道を引き返し始めた。するとすぐに彼女を追って差し向けられた信徒たちと鉢合わせになった。
「結局、自首しに来たというわけか」と、信徒の一人が言った。
メレディスは恐怖を抑え込みこう言った。「カイルとサーラを解放してくれるならあなたたちについていくわ」
信徒たちはどっと笑い出した。「馬鹿なことを言うな」と、そのうちの一人が言った。「奴らは『カオス・ジェネレーションズ』に刃向かうという暴挙に出たのだ。奴らは――」そこまで言いかけたところで何かが空を飛んできて彼の額にまともに命中した。その信徒は後ろに吹き飛ばされ意識を失った。メレディスは彼を打ち据えたのが何だったのかを見て驚いた。
それはトランプのカードだった。正確にはクラブの10。さらに2枚のカードが彼女の脇を猛スピードで通り過ぎ反応する間もなく別の信徒たちに突き刺さった。もう1枚が飛んできて頭上の枝を切り裂いた。折れた枝が落下しまた一人の信徒を地面に縫い止めるように押さえつけた。恐怖に駆られた最後の信徒が逃げ出そうとしたがその顔面はトランプを投げた人物の拳にまともにぶつかった。その男は青い瞳と肩までかかる無造作な金髪の持ち主だった。肩と襟元に銀色のあしらいがある黒いボディスーツを身にまとい、彼の手には黒い指なし手袋がはめられて、そして、足元には軍用のコンバットブーツを履いている。前髪の奥、額には深紅のバンダナが巻かれていたが何よりも目を引いたのは背中に背負った約1.8メートルもの長さがある装飾の施された大鎌だった。その大鎌のせいで、特に雪の中では、男のシルエットは「死神」の姿を強く彷彿とさせるものがあった。
その青年は眉間にしわを寄せながらメレディスに歩み寄った。「一人でここへ来たのか?」
メレディスは我に返った。「違う!」と彼女は言った。「あと二人いるの。お願い、彼らを助けて!」
***
未舗装の道に戻るとカイルとサーラは雪の上に背中合わせに座らされ両手を背後で縛られていた。一方、ゴーシャンは「どこにいるんだ!いつ彼女を連れてくるんだ?」と呟きながらあたりを苛立たしげに歩き回っていた。残された数人の信徒たちも不安げに身じろぎしていた。
「ああ、なんて素晴らしい夜の過ごし方だ。人里離れたこんな森で縛り上げられイカれた連中に捕まっているなんてな」とカイルは皮肉っぽく言った。
「うるさい!」とサーラが語気を荒らげた。
「ただ、場の空気を和ませようとしただけだよ」とカイルも言い返した。
「それよりこの状況から抜け出す方法を考えてよ」とサーラは吐き捨てるように言った。
「まるで簡単そうに言うんだな」とカイルは言った。「いいかい、こういう難問を解決するのは苦手なんだよ!だからお前が何か考えてみたらどう?」
サーラは言い返した。「口ばかりじゃなくて頭も使ってみたら百万分の一の天才的な脱出計画が思いつくかもしれないわよ」
「じゃあお前はどうなんだ?お前こそ家族の中で一番頭がいいと思ってたのに」とカイルは吐き捨てた。「それに、俺はメレディスの方が心配なんだ――」
「黙れ!」とゴーシャンが怒鳴った。「お前ら情けないバカどもはまるで兄妹みたいに言い争ってる!」
「俺/私たちは正真正銘の兄妹です」とカイルとサーラは同時に言った。
ゴーシャンが言い返そうとしたその時、トランプのカードが彼の脇をすり抜けて別の信徒に突き刺さり彼は言葉を詰まらせた。「何だ?」と彼が叫んだのとほぼ同時にまた一枚のカードが飛んできてカイルとサーラを縛っていた拘束具を切り裂いた。自由になったと悟った二人は即座に信徒たちから離れカードが飛んできた方向へと駆け出した。
メレディスは一本の木の足元に立っていた。カイルとサーラが歩み寄ると彼女は「ああ、無事でよかった。本当によかった」と呟いた。だが、彼女の頭上の木に人影があるのを目にすると二人は足を止め、一瞬カイルは『死神』が現れたのかと思った。そこにいたのは大鎌を手にしたあの若者だったからだ。
ゴーシャンもまたその大鎌を持つ若者の姿を捉えていた。「お前は……トビー・ハートウェル!」
トビー・ハートウェルと名乗る青年はゴーシャンを睨みつけた。「カオジェン」と彼は言った。「身のためを思うならすぐにここを去った方がいいぞ。」
「ゴーシャン様」と、残っていた信徒の一人が言った。「我々の人数は少なすぎてエンデクライオンの騎士、ましてやトビー・ハートウェルのような高レベルの騎士と戦うことはできません。」
「わかっている」とゴーシャンは吐き捨てるように言った。「全員、撤退だ」。彼は足元に煙玉を投げつけたちまち周囲は煙に包まれた。煙が晴れたときにはゴーシャンと残りの信徒たちの姿は消え失せていた。
トビーは木から飛び降りるとカイル、サーラ、メレディスのほうへ歩み寄った。
「あの……ありがとう」とサーラが言った。
トビーはただ当惑したような表情でその三人を見つめていた。やがて彼はスマートフォンに似た端末を取り出しこう話し始めた。「団長、トビーです。パインシャックル・フォレストでまた別の赤毛の少女を連れ去ろうとしていたカオジェンの一団を追い払ったんですが……その少女が誰と一緒にいたか信じられないでしょう。カイルとサーラ・サンダースですよ」
『エンデクライオンの騎士団』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
物語はまだ続きますので、ぜひこの先もお読みいただければ幸いです。




