第二話 高校でのある日
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ニューヨーク州北部、ナイツレストの町の北に位置する丘の上に名門私立校の一つである聖アヴィントン私立学園がありました。キャンパス中央にそびえる時計塔で知られるこの大規模な幼稚園から高校までの一貫教育校は充実した学術・スポーツ・文化施設を擁し、生徒の主体的な選択を重視した大学進学準備カリキュラムを提供していました。同校の卒業生は世界屈指の難関大学へ進学しその後、STEM(科学・技術・工学・数学)分野や芸術、プロスポーツなどあらゆる領域で輝かしいキャリアを築いていきました。
ローラン・エカルドがロッカーの中身を整理していたのは学園の高等部校舎の廊下でのことだった。彼は今や学園の制服――マルーン色のブレザーに黒いネクタイ、グレーのズボン、そして黒い外羽根式の靴――を身にまとっていた。眼鏡もかけていたが、髪の毛は相変わらず手入れが行き届いておらず乱れたままだった。
「あら、久しぶりの顔ね」と、左から穏やかな女性の声がした。
ローランは微笑みその声の主の方を向いた。「やあ、リアンナ」
彼の隣に立つ少女は温かみのある表情を浮かべていた。彼女は学園の制服の女性バージョン、ズボンの代わりにスカート、外羽根式の靴の代わりにメリー・ジェーン、を身にまとっていた。身長は平均よりやや低めで、183センチあるローランとは対照的な並びになっていた。絶世の美女というわけではないが愛らしい顔立ちをしている。ひときわ目を引くのは顔の輪郭を縁取るように「プリンセスカール」や縦ロールに整えられた長い赤褐色の髪だった。ローランは心の中でその髪色が「オーバーン」と分類されてはいるものの鮮やかな赤というよりは赤茶色に近い色合いだと認識した。それに、彼女の瞳はヘーゼル色だった。
彼女はローランの幼馴染、リアンナ・ケリスだった。「ずいぶん長いこと姿を見せなかったじゃない」と彼女は言った。「あなたの弟もね。しばらく会っていないわ。」
「ああ、悪かったね。でも、僕はもう戻ったよ。弟はもうちょっといないけど」とローランは言った。「それで、僕がいない間に何かあったかい?」
「ふふっ、あなたがいない間に何があったか信じられないわよ」リアンナは少し得意げなドヤ顔を浮かべて言った。
「ほう、ぜひ詳しく教えてください。」
「エッヘン、実はね……」リアンナは嬉しそうに表情を輝かせながらバッグからDVDのボックスセットらしきものを取り出した。「ついに日本から『冒険者の刃』のコンプリートDVDボックスセットを直輸入しちゃったの。アニメ本編はもちろん、監督やキャストのインタビュー、コンセプトアート、マンガのプレビュー、さらには主要キャラが描かれたスマホ用壁紙のダウンロード特典まで入ってて――」
「うちの『オタク』担当ならさもありなんですね」
リアンナは少し恥ずかしそうに「学校にいる間はそう呼ばないで」と小声で言った。「それはそうと、あと2週間ほどで連休があるからローランの家で思いっきり『イッキ見』大会をしない?」
ローランは眉をひそめた。(まずい、その休みの日には『騎士団』の仕事が入っているんだった)と彼は思った。「あー、その件なんだけど……悪いね、その時はちょっと忙しくて」
リアンナはがっかりした様子だった。「そうね、もし忙しいなら……また別の日にしたほうがいいね」
ローランが何かを言おうとしたその時背後から声が響いた。「おやおや、これは驚いた。またしても顔を出したのが誰だか見てみろよ」
ローランは不機嫌そうな表情を浮かべた。「当ててやろうか。カーソンが来てるんだろ?」
リアンナの顔もかなり険しかった。 「正解」
ローランは呆れたように目を回してからくるりと振り返った。「よお、ジョニー」と、彼は作り笑いを浮かべて言った。「久しぶりだな。こんなところまで来てどうしたんだ?」
彼らに近づいてきたのは聖アヴィントン校の花形アメリカンフットボール選手、ジョニー・カーソンだった。長身で筋肉質、金髪のハンサムな男である彼は、取り巻きのグルーピーの女子たちやチームメイト兼子分たちを引き連れていた。「よお、エカルド」とカーソンは言った。「戻ってきたんなら『税金』を払っておくべきだったな」
「そうか」とローランはあっさりと言った。「じゃあ、今度確定申告をするときにそのことを書き留めておくことにするよ」
カーソンは拳をロッカーに叩きつけた。「ふざけた口をきくんじゃねえ、エカルド!」と彼は吐き捨てるように言った。「お前のその態度はもう我慢ならねえ。今日こそそのキザったらしい面構えを叩き潰してやる!」
カーソンはローランを威圧しようと背筋を伸ばして立ちはだかったがその身振りは明らかに相手を脅すものだった。だが、ローランの身長も彼とそれほど変わらず怯える様子は微塵も無くそれがカーソンの怒りをさらに煽ったようだった。(それに、)とローランは思った。(毎回カオジェンのような凶悪な上級職犯罪者やテロリストを相手にしてきた身からすれば超力者でもない、ただの高校生いじめっ子なんて取るに足らない相手にすぎないんだよな)「まあ、あのロッカーが何かを物語っているとするなら『税金』を払うべきなのは君の方かもしれないね」と、彼は皮肉を口にした。
カーソンは今や激怒した様子だった。事態がこれ以上悪化するのを恐れリアンナは二人の間に割って入った。「ジョニー、お願いだから落ち着いて。学校でこんなことはやめて」
「リアンナ」とカーソンが言いその身のこなしが少し和らいだ。それを見てローランはカーソンがリアンナに想いを寄せていることを思い出し、その事実に少なからず苛立ちを覚えた。
(まあ、奴が彼女を気にかけるようになったのはクラスの中で彼に全く関心を示さない唯一の女子だったからにすぎないんだけどな)
その時だった。「おい、カーソン。俺のダチに手を出してんのか?」と声をかけてきたのは制服をだらしなく着崩した黒髪に青い瞳の少年だった。名はカイル・サンダース。ローランやリアンナのもう一人の幼馴染だ。「こいつらに手を出すってことは俺に手を出すってことだぞ」
普段ならローランはカイルの姿を見て喜んだことだろう。だが今回はその胸中に不安がよぎっていた。(まずいぞ、カイル。まさか今カーソンに喧嘩を売るつもりじゃないだろうな?頼むからやめてくれ。いや、本当に、マジで、ここで喧嘩だけはしないでくれよ)
「サンダース」とカーソンは唸るように言った。「これはお前には関係のないことだ」
「ローランとリアンナが関わっているなら俺も関わることだ」と、カイルは威圧的な口調で言った。
「カイル、ここではやめてくれ」とローランは言った。「頼むから学校は喧嘩をするような場所じゃないんだ」
「それならうちの道場に持っていけばいいんじゃねえか」とカイルは言った。「うちの道場はいつだって誰からの挑戦でも受け入れているからな」
(違うんだよ、カイル。問題はその喧嘩が学校で起きるか君の道場で起きるかということじゃないんだよ、)とローランは思った。(問題なのはお前が「上級職」だということなんだ。もし「超力者」じゃない相手に不用意に喧嘩を売ればうっかり相手を殺してしまうかもしれないんだぞ!)
カーソンは歯ぎしりしながらカイルを睨みつけカイルもまた睨み返した。やがて彼は背を向け、取り巻きたちに「行くぞ」と呟いた。
***
「ったく、あの負け犬がなんでお前にばかり絡んでくるのか本当に理解できないよ」カイルはハンバーガーを頬張りながらつぶやいた。彼とローラン、そしてリアンナは高校の食堂で昼食をとっていた。
「まあ、あいつは本当に口先だけで実際には何もしないんだよな」とローランは言った。「君が問い詰めるといつもすぐに尻込みして縮み上がってしまうんだから」
「ふん、腰抜けめ」とカイルは言った。「でも残念だな。親父に長年叩き込まれた武術の腕を振るう――つまり、いじめっ子を叩きのめす――いい口実ができたかもしれなかったのにな」
(そこまで至らなくて本当によかった)とローランは思った。
「あなたのお父さんがあなたを武術家に育てたのはそんな理由のためだとは思わないわ」とリアンナは軽口を叩いた。
「じゃあこの技術を他に何に使えって言うんだよ?」カイルは苛立った様子で言い放った。「そりゃあ武術は好きだけど親父が俺やサーラを鍛えていたのは単に武術家にするためだけじゃなかった気がするんだ。ほら、その訓練には常に何らかの『理由』があったっていうか。でも去年親父が死んでからは長年積み上げてきたこの技を活かす場が何もないような気がしてさ!」彼はハンバーガーを平らげると「とにかく、もう行かなきゃ。バイトがあるんだ」と言った。
リアンナは眉をひそめた。「午後の授業には出ないの?」
「母ちゃんをもっと助けられるようにシフトを多めに入れたんだ」とカイルは立ち上がりながら言った。「もし気にしているんなら学校の許可はもう取ってあるよ」。その場を離れる前カイルはローランが深く考え込んでいる様子に気づいた。「どうした、RJ? 何か考えてるのか?」
ローランはしばらく何も言わずまだ考え事をしている様子だった。やがて彼は顔を上げ「なあ、カイル。シフトが終わったら僕に電話をくれないか?」と言った
「ああ、いいけど、何の話だ、RJ?」
「後で話すよ」
***
彼とリアンナが次の授業の教室へと向かう間、ローランの思いは1年前に起きたある出来事に向けられていた。
(「……す、すまねえ、団長……俺はもう……ここから……生きては出られそうにねえようだな……」
「くそっ、サイモン! 今ここで死ぬなんて許さないぞ! もうすぐエリザベスが来るんだ。それまで持ちこたえてくれ!」
「悪いが……俺もこの稼業を長くやってるんでね……この傷が……致命傷だってことくらいは分かる。あの嬢ちゃんでも……どうにもならねえ……悪いが……俺は先に行かせてもらうよ……」
「絶対に諦めるな、サイモン!絶対にだ!これは命令だ!」
「へっ……あの、いつも俺の道場に入り浸っていた……鼻垂れ小僧が……ここまで立派に育つとはな。」
「サイモン!」
「頼みがある……ローラン。俺はカイルとサーラを……エンデクライオンの騎士にするために……ずっと鍛えてきたんだ……年頃になったらな……だが……実際に騎士団に……入るかどうかは……あいつら自身に……選ばさせてくれ……」
「サイモン!」
「お願いだ……アデレードに……カイルに……そしてサーラに……愛していると伝えてくれ……」)
ローランはため息をついた。「さて、いい加減にそろそろ昔の約束を果たすとしよう」と彼はつぶやいた。
『エンデクライオンの騎士団』をお読みいただき、誠にありがとうございました。
物語はまだ続きますので、ぜひこの先もお読みいただければ幸いです。




