山にやってきた謎の旅人と「動かない名馬」
大蛇を救った大嵐から数ヶ月が経ち、あしがら山には実りの秋がやってきました。
木々には赤や黄色の木の実がたわわに実り、金太郎と動物たちは、毎日お腹いっぱい食べて元気に遊んでいました。
ある晴れた日の午後、金太郎がまさかりを肩に担ぎ、大グマの墨丸の背中に乗ってのんびりとお散歩をしていると、ふもとへと続く坂道の途中で、何やら困り果てている不思議な一団を見つけました。それは、普段山では見かけないような、ピカピカに磨かれた鎧を着たお侍さんたちでした。
その中心には、立派な着物を着た、白髪交じりのとても威厳のあるおじさんが立っています。
彼らのまわりには、荷物をたくさん積んだ、体格の良い見事な黒馬がいました。
しかし、その黒馬はどうしたわけか、地面に四本の足を突っ張ったまま、テコでも動こうとしません。
何人ものお侍さんが後ろからお尻を押したり、前から手綱を引っ張ったりしていますが、鼻息を「フンッ!」と荒く吹くだけで、一歩も進まないのです。
「これでは日が暮れてしまう。困ったものだ……」
中心にいるおじさんが、ため息をつきながら困り果てていました。
金太郎は墨丸の背中からぴょんと飛び降りると、お侍さんたちの前に進み出ました。
「もしもし、お侍さん。どうしたの? 僕が手伝おうか?」
突然現れた、赤い肌に「金」の文字が入った前掛け姿の男の子を見て、お侍さんたちは目を丸くしました。
「これこれ、小さな子供が近寄っては危ない。この馬は都でも評判の、気性の激しい名馬なのだ。大人が何人で引いても動かないものを、子供にどうにかできるわけがなかろう」
しかし、中心にいるおじさんだけは、金太郎の体つきや、そのキラキラとした迷いのない瞳を見て、ただの子供ではないと直感しました。
おじさんは優しく微笑んで言いました。
「ほう、頼もしい少年だ。ならば、どうすればこの馬が動くか、何か良い知恵はあるかね?」
金太郎は「まかせて!」と胸を張ると、動かない黒馬の前にトコトコと歩み寄りました。
そして、馬の大きな顔の前に自分の顔を近づけ、その優しい目をじっと見つめました。
金太郎には、山の動物たちと同じように、馬が何を考えているのかがなんとなく分かったのです。
金太郎は馬のたてがみを優しくなでながら、耳元でそっと囁きました。
「お馬さん、たくさん荷物を載せて、遠い都から歩いてきて足が疲れちゃったんだね。それに、この先の坂道は急だから、ちょっぴり怖いのかな? 大丈夫、僕が一緒にいてあげるからね」
すると、あんなに興奮して暴れていた黒馬が、ふうっと力を抜き、金太郎の肩に頭を預けて甘えるように鳴いたのです。
金太郎はニッコリ笑うと、おじいさんのほうを振り返りました。
「おじさん、このお馬さんは疲れているんだ。だから、僕が荷物を持ってあげる!」
言うが早いか、金太郎は黒馬の背中に積まれていた、大人が二人でも持ち上がらないような重い木箱や荷物を、ひょい、ひょいと両手で軽々と持ち上げました。
そして、それらすべてを自分の小さな背中に背負ってしまったのです。
それだけではありません。金太郎は黒馬のお腹の下に自分の体を潜り込ませると、なんと、大きな黒馬の体そのものを「よいしょ!」と両腕で持ち上げてしまいました。
「う、うわああああっ!?」
「馬を持ち上げたぞ! なんという怪力だ!」
お侍さんたちは腰を抜かして、地面にひっくり返ってしまいました。
金太郎は、荷物を背負い、馬を小脇に抱えたまま、急な坂道を「トントン、トントン」と軽い足取りで登り始めました。
大グマの墨丸も、その後ろをのっしのっしと誇らしげについていきます。
坂道を登りきった平らな場所で、金太郎は優しく馬を地面に下ろしてあげました。
荷物を下ろしてもらった黒馬は、足がすっかり軽くなり、嬉しそうにパカパカと足音を響かせて歩き始めました。
その様子を後ろから見ていた白髪のおじさんは、驚きを通り越して、深く感心した様子で手を叩きました。
「素晴らしい! 類まれなる怪力でありながら、決して力任せにせず、獣の心を察して優しく接するとは。これほどまでの器を持った童が、この足柄山にいたとはな……」
おじいさんは金太郎の前に歩み寄ると、自分の名前を明かしました。
「私は、都から参った源頼光という者だ。少年よ、お前の名前を教えてくれないか?」
「僕は金太郎! この山の動物たちのみんなのリーダーさ!」
金太郎が元気よく答えると、頼光は深くうなずき、彼の小さな手をぎゅっと握りしめました。
この出会いが、金太郎の運命を大きく変えることになるのですが、それはまだ、少し先のお話です。




