都へのお誘いと、あしがら山のなみだの別れ
金太郎が名馬を軽々と持ち上げて助けた姿を見て、都の偉いお侍さんである源頼光様は、すっかり心を奪われてしまいました。
頼光様は、金太郎の小さな手をもう一度ぎゅっと握りしめ、真剣な眼差しで言いました。
「金太郎。お前ほどの強さと、生き物を思いやる優しい心があれば、都でたくさんの人々を救う立派なお侍になれる。どうだろう、私と一緒に京の都へ行き、世界を平和にするためにその力を使ってみないか?」「えっ……都へ行くの?」
金太郎は驚いて、大きな目をさらに丸くしました。
それまで後ろで大人しくしていた大グマの墨丸や、木の上から見ていたお猿さん、草むらにいたウサギたちが、その言葉を聞いて一斉に飛び出してきました。
「ダメだ、ダメだ! 金太郎がいなくなったら、僕たちはどうしたらいいんだ!」
「都になんて行っちゃ嫌だ! ずっとこの山で一緒に遊ぼうよ!」
動物たちは金太郎の体にすがりつき、大粒の涙をポロポロと流して引き止めました。
金太郎も、大好きな動物たちの涙を見て、胸がキュッと締め付けられるように痛くなりました。
「頼光様、お誘いはとっても嬉しい。だけど、僕にはこの山を守る役目があるし、何よりみんなと離れたくないんだ……」
金太郎がうつむくと、頼光様は無理強いはせず、「一晩、よく考えてごらん」と言って、その日はふもとの村へと下りていきました。
その夜、金太郎は山のちいさな家で、お母さんに頼光様から言われたことを話しました。
お母さんは、金太郎の頭を優しく何度もなでながら、静かに語りかけました。
「金太郎。あなたがこの足柄山と、動物たちを大好きなことはよく知っています。でもね、都にはいま、恐ろしい妖怪や病気に苦しんでいる子供たちがたくさんいるのです。あなたが持っているその大きな力は、山だけでなく、もっとたくさんの困っている人を助けるために、神様が授けてくださったものなのですよ」
お母さんは、金太郎がいつも着ている赤い前掛けの「金」の刺繍に、そっと手を触れました。
「お母さんは、あなたがどこへ行っても、強くて優しい『金太郎』のままだと信じています。自分の心が信じる道を、まっすぐ進みなさい」
お母さんの温かい言葉を聞いて、金太郎の心の中の迷いは、すーっと消えていきました。
「うん、お母さん。僕、都へ行くよ! たくさんの人を助けて、日本一のお侍になる!」
翌朝、雲ひとつない青空が広がる中、足柄山の広場には、山のすべての動物たちが集まっていました。
みんな、金太郎が都へ行くことをお母さんから聞き、お別れをしにやってきたのです。
みんなの顔は涙で濡れていましたが、もう「行かないで」と言う子はいませんでした。
大グマの墨丸が、一歩前に出て、金太郎の前に大きな手を差し出しました。
「金太郎、寂しいけれど、お前なら絶対に立派なお侍になれる。俺がお前の留守の間、この足柄山とみんなをしっかり守るから、安心して行ってこい!」
「墨丸……ありがとう!」
金太郎は墨丸の手をぎゅっと握りしめ、お猿さんやウサギ、お鹿さんたち一人ひとりと、長い長い抱擁を交わしました。
「みんな、今まで本当にありがとう。僕、都へ行っても、みんなのこと絶対に忘れないからね!」
金太郎は肩にまさかりを担ぎ、お母さんが夜通しで新しく縫ってくれた、一回り大きな「金」の文字入りの赤い前掛けを胸に、一歩を踏み出しました。山の入り口で待っていた頼光様は、金太郎の引き締まった顔を見て、嬉しそうにうなずきました。
「よく決意してくれた、金太郎。いや――今日からは、私の大切な家来として、新しく『坂田金時』という立派な名前を名乗るが良い!」
「はい! 坂田金時、参ります!」
金太郎は元気に返事をすると、頼光様の後を歩き始めました。
山の上からは、「金太郎ー! がんばれー!」と、動物たちのちぎれんばかりの応援の声が、いつまでもいつまでも響いていました。
こうして、足柄山の怪童・金太郎は、都を護る正義の味方「坂田金時」としての、新しい大冒険の一歩を踏み出したのでした。
その後坂田金時は源頼光やその仲間たちと一緒に都を守っていくのですがそれはまた別のお話。




