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勇者転生魔王物語  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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5/8

第五話:人間の現実

 二通目の報告が届いたのは、夕方だった。

 前回と同じ薄い紙。同じ細かい文字。ただし今回は前回より長かった。リオが時間をかけて集めたのだろう。あるいは、整理するのに時間がかかったのかもしれなかった。

 読み始めた。

 最初の項目は税の話だった。

 勇者が死んで以降、王都近辺の複数の領地で税率が上がっている。名目は「戦後復興費」と「英雄追悼基金」だった。戦後復興の実態は、貴族の邸宅の修繕と、宮廷の宴席費用だとリオは書いていた。英雄追悼基金が何に使われているかは、まだ追えていないとあった。

 俺は一度、紙から目を離した。

 窓の外を見た。魔族領の夕暮れは、人間の国とは色が違う。赤みが少ない。どこか濁った橙色が、地平線の手前で止まっている。

 怒りは湧かなかった。

 勇者の墓に花を供えながら、その影で税を上げる。そういうことをする人間がいることは、勇者として旅をしていた頃から知っていた。知っていたが、直視していなかった。見ないようにしていたわけではない。ただ、そちらを見ている余裕がなかった。魔族と戦うことで、手が一杯だった。

 疲労感だった。

 怒りではなく、疲れた。そういう感覚だった。

 二つ目の項目は、政治家の話だった。

 名前が一つ挙げられていた。王都で影響力を持つ演説家で、勇者の墓前で定期的に集会を開いているらしかった。内容は毎回同じだとリオは書いていた。英雄の死を悼む。魔族への怒りを煽る。遠征の必要性を説く。民衆が集まる。熱狂する。解散する。次の集会の日程が告知される。

 リオは一行だけ、私見を添えていた。

「あの男は魔族が怖い。だから先に叩けと言っている」

 それだけだった。リオらしい一行だった。感情を排して、動機だけを書く。

 俺はその一行を、もう一度読んだ。

 善意ではなかった。恐怖だった。勇者がいなくなった今、魔族に攻め込まれる前に自分たちが攻め込まなければという恐怖が、あの演説の根拠だった。民衆を動かしているのも、怒りではなく恐怖だった。怒りに見えているのは、恐怖が変形したものだった。

 勇者だった頃も、こいつらのために戦っていたのか。

 その問いが浮かんだ。

 答えはすぐに出なかった。出なかったが、考え続けるほどのことでもなかった。戦っていた理由は、あの政治家のためでも、増税した貴族のためでもなかった。だとすれば、誰のためだったのか。名前を知らない村人の顔が、少しだけ浮かんだ。すぐに沈んだ。

 紙に視線を戻した。

 三つ目の項目が、最も長かった。

 強硬派の動向だった。

 リオの報告によれば、王都の軍部内で「今が最後の機会だ」という意見が急速に広まっているらしかった。根拠は三つ。勇者がいない。魔王が交代したばかりで不安定。魔族内部が結束していない可能性がある。この三点が揃っている今、動かなければ次の機会はないという論法だった。

 動こうとしている派閥の規模と、それを抑えようとしている派閥の規模が、数字で書かれていた。俺は両方の数字を確認した。拮抗していた。どちらかが決定的に上回っているわけではなかった。つまり、まだ動いていない。しかし、どちらかが動けば一気に傾く可能性があった。

 右手の指を動かした。

 誤差が出た。今日は報告書を読んでいるだけだが、情報を処理する速度を上げると、末端から精度が落ちる。それは先日確認した通りだった。

 指を止めた。

 人間側が動く前に、こちらが形を作る必要がある。形というのは、和平の枠組みではない。まだそこまでいかない。今必要なのは、人間側が動く理由を一つずつ潰すことだった。

 魔族が不安定に見えなければ、強硬派の根拠が一つ消える。

 魔族内部が結束していれば、もう一つ消える。

 そのためには、ガルドの動きを抑える必要があった。

 紙を畳んだ。火にくべた。

 炎が紙の端を舐めていくのを見ていた。文字が消えていく。リオが時間をかけて集めた情報が、数秒で灰になる。それでいい。残さない方がいい。

 炎が消えた。

 ダナが茶を持ってきた。黙って置いた。

「ダナ」

 声をかけた。ダナが振り返った。

「人間側で、今、最も動いている政治家の動向を、魔族の宮廷は把握しているか」

 ダナが少し考えた。

「名前は知らんが、動きは把握している。定期的に報告が上がってる」

「その報告書を明日、俺のところに持ってこい」

「分かった」

 それだけだった。ダナは出ていった。

 茶を一口飲んだ。今日は冷める前に飲めた。

 窓の外が完全に暗くなっていた。

 人間側の政治が、恐怖で動いている。それは理解した。理解したところで、感情は動かなかった。怒りも、同情も、湧かなかった。湧いたのは疲労感だけだった。

 しかしその疲労感が、何に対するものかは、まだ分からなかった。

 人間の醜さに対する疲れか。それとも、醜いと感じていた自分がいたことへの疲れか。勇者として旅をしていた頃、俺は人間を信じていたつもりだった。信じていた、というより、信じようとしていた。見ないようにしていたものが、今は正面から見えている。

 それが疲れるのか。

 あるいは、正面から見えているのに、何も感じないことが疲れるのか。

 答えは出なかった。

 胸の軋みを確認した。今日は比較的静かだった。情報処理の負荷はあったが、魔力を直接使う場面はなかった。許容範囲だった。

 ガルドのことを考えた。

 報告書を読んでいる間も、頭の片隅にあった。人間側が動く気配を見せている今、ガルドはそれをどう受け取っているか。好機と見るか、それとも別の何かを考えているか。あの目は単純ではなかった。何かを待っている目だった。

 何を待っているのか、まだ分からなかった。

 分からないうちは、先に動かない方がいい。

 目を閉じた。

 次にやることは決まっていた。魔族側の内部を固める。人間側の強硬派が動く前に、こちらの輪郭を作る。時間はある。まだある。ただし、あまり多くはない。

 そう確認して、目を開けた。

 部屋は静かだった。

 翌朝、ガルドから面会の申し入れがあった。

 使いの者が持ってきた短い文には、理由が書かれていなかった。日時だけが書かれていた。明後日の午前。場所は宮廷の小会議室。

 俺は承諾の返事を出した。

 その日の昼、辺境から早馬が来たという報告が入った。内容はまだ届いていなかった。届いたとき、それが何を意味するのかは、その時に考えればいい。

 しかし胸の奥で、何かが軋んだ。

 今日は魔力を使っていない。緊張でもない。それでも軋んでいた。

 その軋みが何に対するものか、この段階では分からなかった。

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