表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者転生魔王物語  作者: ぃぃぃぃぃぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/7

第四話:間者リオ

 報告が上がってきたのは昼過ぎだった。

 城の市場区画に見慣れない商人が出ている。香辛料を扱う行商人で、三日前から魔族領に入っている。不審な点はないが、動きが妙だという。見張りの言葉を借りれば、「売るより見ている時間の方が長い」らしかった。

 俺は報告を聞き終えてから、少し考えた。

 香辛料の行商人。人間。三日前から。動きが妙。

 答えは、すぐに出た。

「その商人を、俺の部屋に通せ」

 見張りが一瞬だけ間を置いた。魔王が人間の行商人を直接部屋に通すという判断を、処理しきれなかったのだろう。しかし俺が繰り返す前に、頷いて出ていった。

 ダナが部屋の隅にいた。

「出ていてくれ」

 ダナは何も言わずに出ていった。

 扉が開いた。

 入ってきたのは、中肉中背の人間の男だった。くたびれた外套。肩に布の鞄。帽子を目深に被っている。荷を下ろす動作は自然だった。だが重心の置き方が違った。常に出口を意識している立ち方だった。

 帽子を取った。

 知っている顔だった。リオだった。

 三年間、共に旅をした仲間だった。斥候担当。感情より実利で動く人間だった。今の顔は俺が覚えているより少し老けていた。目の下に疲れがある。旅の疲れか、別の何かか、この段階では分からなかった。

 リオは俺を見た。

 上から下まで、ゆっくりと確認した。魔族の体。黒い爪。短い角。深い紫の目。全部確認してから、口を開いた。

「気持ち悪い」

 第一声がそれだった。

「顔の話じゃない」

 リオが続けた。視線が俺の胸の辺りで止まった。

「お前から出てる魔力が、おかしい。人間のものと魔族のものが、噛み合っていない」

「知ってる」

 それだけで終わりにした。

 リオの目が少しだけ動いた。知っている、という答えを、どう処理するか測っているようだった。やがて視線を上げた。

「顔が違う。声も違う。でも喋り方が同じだ。確認する必要もなかったな」

「それでも来た」

「確認しないと報告できない」

 そういうことだった。

 リオは部屋を見回した。出入口の位置。窓の位置。ダナがいないことを確認した。昔からそういう動きをする人間だった。癖は変わっていなかった。

「座れ」

 リオは椅子を引いて座った。俺も座った。

 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 リオが先に口を開いた。

「何をするつもりだ」

 俺は少し考えた。

 和平、という言葉は頭にあった。しかしその言葉を出した瞬間に、何かが固まる気がした。まだ固めていい段階ではなかった。

「整理する」

 リオの眉が、わずかに動いた。

「整理」

「今の状態は、どちらにとっても損だ。それを変える」

「どちら側に、どう変えるかは」

「まだ決めていない」

 リオはしばらく俺を見ていた。値踏みではなかった。計算していた。この答えが、どういう意味を持つか。嘘をついているのか、本当に決めていないのか。そういう顔だった。

 その視線と目が合った瞬間、指先に誤差が出た。

 ほんの一瞬だった。テーブルに置いた右手の指が、意図より遅れて動いた。リオは気づいていないだろう。しかし俺には分かった。判断速度を上げると、末端から精度が落ちる。意思決定と劣化が、直結していた。

「仲間には話したか」

「お前が初めてだ」

「セナには」

「まだだ」

「言うな。あいつは感情で動く。今の段階で知らせると面倒になる」

 俺と同じ判断だった。

「協力する気があるか」

 リオが少し間を置いた。

「条件がある」

「聞く」

「情報は双方向にする。お前が魔族側で掴んだものはこちらに流す。こちらが人間側で掴んだものはお前に流す。ただし、俺が渡せないと判断したものは渡さない。それでいいなら組む」

「いいぞ」

 即答した。

 リオが続けた。

「もう一つ」

 声のトーンが変わった。わずかに、しかし確実に。

「踏み外したら、殺す」

 短かった。

「あの時と同じやり方でな」

 部屋が静かになった。窓の外から、城の気配が遠く聞こえていた。

 あの時、という言葉が何を指すか、説明は要らなかった。リオはそういう人間だった。知っている者だけが知ればいい言葉を、過不足なく選ぶ。

 俺はリオの顔を見た。冗談ではなかった。

「いいぞ」

 即答した。

 リオが俺を見た。即答したことを、少し意外に思っているようだった。

「躊躇わないんだな」

「躊躇う理由がない」

「自分が殺されることへの躊躇いが、ゼロか」

「踏み外さなければいい話だ」

 リオは少しだけ黙った。

「そうだな」

 それだけ言った。

 二人の間に、それ以上の言葉はなかった。

 リオが立ち上がった。帽子を被り直した。商人の顔に戻った。その切り替えが、昔と変わらず速かった。

 扉に向かう途中で、振り返った。

「一つだけ聞いていいか」

「何だ」

「なぜ今も動いてる。死んで終わりにもできたはずだ」

 答えはある。しかし言葉にした瞬間に軽くなる気がした。

「まだ分からない」

 リオは少しだけ何かを考えるような顔をした。

「そうか」

 それ以上聞かなかった。

 扉が閉まった。

 一人になった。

 右手を確認した。指を動かす。問題ない。もう一度、速く動かす。誤差が出た。会話中より大きかった。集中が切れると、制御の精度が下がる。覚えておく必要があった。

 リオのことを考えた。

 条件は合理的だった。留保がある。リオが渡せないと判断した情報は渡さない。どういう基準で判断するのかは、動かしてみれば分かる。

 約束のことを考えた。

 あの時と同じやり方で、という言葉。警告ではなく確認だった。お前がどこまで自分を保てるか、俺は見ている。そういう意味だった。

 なぜ今も動いているのか、という問いが残っていた。

 答えは出なかった。名前も知らない女の顔が少しだけ浮かんだ。すぐに沈んだ。

 ダナが戻ってきた。部屋の隅に茶を置いた。

「終わったか」

「ああ」

 ダナは何も聞かなかった。茶を一口飲んだ。冷めていた。

 窓を閉めた。夜になっていた。

 リオからの最初の報告が届いたのは、それから十日後だった。薄い紙に、細かい文字で書かれていた。読んでから、火にくべた。

 内容は短かった。人間側の現状。勇者の死後、何が起きているか。

 読み終えて、気づいた。

 怒りが、湧かなかった。

 それが何を意味するのか、一瞬だけ止まった。勇者だった頃の自分なら、怒っていたはずだった。怒れなくなったのか、それとも最初から分かっていたのか。どちらなのか、自分でも判断がつかなかった。

 判断がつかないまま、次を考え始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ