第二十一話:どちらでもない
路地に入った瞬間、血の匂いが濃くなった。
石壁に背を預けた魔族の男が二人。どちらも武器を持っている。奥にも気配があった。
「来たぞ」
低い声。
視線だけ向ける。
「……本気で結界を止める気か」
「そうか」
それだけ返して、歩いた。
男たちが同時に動く。
剣が振り下ろされるより先に、魔力で押さえた。
地面へ叩きつける。
石畳が割れた。
奥からさらに三人。
動いた。
最初の五人は魔力で押さえた。
抵抗は続いた。
殺さないように力を抑える方が面倒だった。
腕を折る。
脚を止める。
意識だけ落とす。
その繰り返し。
「なんでだ……!」
倒れた男の一人が呻く。
「お前も魔族だろ!」
返さなかった。
別の男が吠える。
「人間の側につくのか!」
「違う」
短く返す。
足を止めずに進む。
「なら何のために――」
「関係ない」
切った。
説明する気はなかった。
ただ、止めなければならなかった。
それだけだった。
広場へ出る。
残っていた魔族は十数人。
二十一。
多くはない。
それでも、全員が退く気はなかった。
「来るなら来い!」
「俺たちは退かない!」
「知ってる」
答えて動いた。
魔力が空気を軋ませる。
突っ込んできた男の剣を掴み、そのまま地面へ叩き落とした。
横から槍。
避けずに受け、肘で折る。
悲鳴。
次。
次。
止まらなかった。
戦っている感覚は薄かった。
処理しているだけだった。
だが。
路地の奥で、子どもの泣き声が聞こえた。
動きが一秒だけ止まる。
男が子どもの腕を掴んでいた。
「近づくな!」
震えた声だった。
追い詰められているのは分かった。
倒れていた男の一人が、掠れた声で言った。
「……お前は、何なんだ」
答えなかった。
子どもの泣き声だけが残る。
動いた。
男の手首を掴む前に、子どもを移した。
壁の後ろへ押し込む。
扉の隙間に押し込んだ。
中に誰かいた気配があった。
受け取ってくれた。
確認だけして、振り返る。
「お前には関係ない」
男を制圧した。
地面へ沈める。
抵抗は数秒で終わった。
静かになった広場で、荒い呼吸だけが残る。
視線が集まっていた。
敵を見る目ではなかった。
もっと分からないものを見る目だった。
その視線の意味を考えかけて、やめた。
意味を考える必要はなかった。
ただ。
頭の奥で、ガルドの声が浮かぶ。
『お前はどちらでもない』
魔王でもない。
勇者でもない。
それが何を意味するのか。
言葉にならなかった。
言葉にならないままでいい、と思った。
「終わったか」
後ろからエドの声。
振り返らない。
「ああ」
「……合意の話が来てる。今夜中には決めたいらしい」
「好きにしろ」
「お前の問題でもある」
少しだけ沈黙した。
「……分かってる」
エドは何も返さなかった。
代わりに、別の足音が近づく。
リオだった。
視線が、俺の腕で止まる。
黒い変色は、肘の近くまで広がっていた。
「……崩れる前に終わらせてください」
責める声ではなかった。
事実を確認するみたいな声だった。
「まだ平気だ」
「そうは見えません」
返事をしなかった。
空を見上げる。
曇っていた。
全部壊してしまえ、という考えが浮かんだ。
今回は、浮かんですぐに沈んだ。
沈んだことを確認した。
それだけだった。




