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勇者転生魔王物語  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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20/24

第二十話:勇者の影

 情報が変わり始めたのは、行き来禁止の交渉が動き出してから十日後だった。

 リオが報告書を持ってきた。いつもより厚かった。

「人間側の内部資料です。エドが入手しました」

 受け取って、読んだ。

 読み終えてから、もう一度読んだ。

 交渉の記録だった。人間側の会議記録、補給計画、軍の再編スケジュール。表向きは行き来禁止に向けた調整だった。しかしその間に、別の数字が混じっていた。

「新勇者の育成が、具体的なスケジュールで動いている」

「はい」

「交渉は時間稼ぎか」

「その可能性が高いかと」

 リオは感情を乗せずに言った。

 俺は書類を机に置いた。

 分かっていた。動機は問わないと言っていた。利用されていたとしても、行き来禁止が成立するなら構わないと思っていた。

 それでも。

 数字を見ていると、胸の奥で何かが動いた。

「さらに追加があります」

 リオが別の紙を出した。

「勇者の血を使った対魔族兵器の研究が、人間側の中央教会で進んでいるという情報です」

「確度は」

「高いです。複数の経路から同じ情報が来ています」

 俺は少し止まった。

 勇者の血。対魔族兵器。

 かつて自分が呼ばれていた名前の血が、今度は魔族を殺す道具になる。

 皮肉としては出来すぎていた。笑えない話だった。

 また作るのか。

 また始めるのか。

 また、世界を殺し合わせるのか。

 右手を確認した。指を動かす。問題ない。もう一度。遅れる。

 全部壊してしまえ、という考えが、また浮かんだ。

 人間も魔族も。境界も歴史も。全部なければ、この連鎖は起きない。

 簡単な話だった。

 あまりにも簡単だったから、浮かんだ瞬間に怖くなった。

「陛下」

 リオの声で、視線が戻った。

「大丈夫ですか」

「問題ない」

 問題はあった。しかし言葉にしなかった。

「エドには伝えるか」

「一部は伝えます。全部を見せると、エドが動けなくなる可能性があります」

「どこまで見せる」

「交渉が時間稼ぎに使われている可能性だけを示します。それでも動けるかどうかは、エド次第です」

「動けないかもしれない」

「はい」

 俺は少し考えた。

「それでも伝えろ。隠して使い続ける気にはなれない」

 リオが少し止まった。

「合理的な判断ではありません」

「分かってる」

「なぜ」

 俺は少しだけ考えた。

「廃屋の夜を、覚えているか」

「はい」

「乾パンを割った老人は、計算していなかった」

 リオは答えなかった。

 俺も続けなかった。

 それだけで十分だった。

 エドへの連絡を準備しているその夜、リオから緊急の報告が来た。

「強硬派がエドの動きを察知しました。暗殺部隊が出ています」

「場所は」

「東部の旧街道です。エドは今夜、人間側の融和派と接触する予定でした」

 俺は立ち上がった。

「行く」

「護衛を」

「人数を動かせば気づかれる」

「身体が」

「行くと言った」

 ダナが何か言いかけた。止めた。

 コートを掴んで、城を出た。

 旧街道に着いた時、すでに戦闘が始まっていた。

 暗殺部隊は四人だった。エドは一人だった。逃げ場のない路地の入口で、壁を背に立っていた。

 動いた。

 最初の一人は声を上げる前に倒した。次の一人が振り返る前に距離を詰めた。三人目が武器を構えた。右手で制御した。誤差が出た。動きが一拍遅れた。それでも間に合った。四人目が逃げようとした。足を止めた。

 静かになった。

 口の中に鉄の味があった。いつからあったのか分からなかった。

 エドが壁から離れた。呼吸が乱れていた。血が出ていた。深い傷ではなかった。

 俺を見た。

「なぜ助けた」

 直接的な問いだった。

「お前が死んだら交渉相手がいない」

 エドは少し黙った。

「それだけか」

「それだけだ」

 エドはもう一度俺を見た。

 本音ではないことは、二人とも分かっていた。

 エドが先に視線を外した。

「……ありがとう」

「礼は要らない。交渉の続きをしろ」

「交渉が時間稼ぎに使われているかもしれないと分かっていて、続けるのか」

 俺は少し止まった。

「知っていてもやるのか」と聞いているのではなかった。確認していた。自分に向けた問いでもあるような、声だった。

「ああ」

「理由は」

「他に選択肢がない」

 エドは少しだけ笑った。疲れた笑い方だった。

「俺と同じだな」

「そうかもしれない」

 帰り道、右手を確認した。

 指を動かす。問題ない。もう一度。遅れる。戦闘中の誤差が、まだ残っていた。

 全部壊してしまえ、という考えは、戦闘の間は浮かばなかった。

 動いている間は、次の手だけを考えていた。

 止まると、また浮かんだ。

 浮かんだことを、確認した。確認して、歩き続けた。

 城に戻った時、ダナが待っていた。

「遅かった」

「問題なかった」

「怪我は」

「ない」

 ダナは俺の手を見た。右手の甲に、制御しきれなかった魔力が焼いた痕があった。誤差の結果だった。

「ないとは言えないな」

「大きくはない」

 ダナは何も言わなかった。

 しばらくして、口を開いた。

「古参派の残党が動いています」

「どういう動きだ」

「行き来禁止の方針に反発しています。永久降伏だとして、結束し始めているという報告が入っています」

「規模は」

「まだ小さい。ただ、速度が早い」

「監視を続けろ。ただし、向こうが動くなら俺が直接対応する」

 ダナが少し止まった。

「同族に力を使うことになります」

「分かってる」

「それでいいのか」

 俺は少しだけ間を置いた。

「分からない。ただし、止まれない」

 ダナは何も言わなかった。

 俺も続けなかった。

 部屋に戻った。

 机の上に、行き来禁止の設計書が広げられていた。

 数字と線と条件。

 これが正しいのかどうか、まだ分からなかった。

 利用されているかもしれない。間に合わないかもしれない。身体が持たないかもしれない。

 それでも動くしかなかった。

 窓の外は暗かった。

 星は見えなかった。

 全部壊してしまえ、という考えが、また静かに浮かんだ。

 今回は少しだけ長く残った。

 それを確認して、目を閉じた。

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