表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者転生魔王物語  作者: ぃぃぃぃぃぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/24

第十七話:因果の再会

 ミラが死んでから、人間側との連絡は完全に途絶えていた。

 融和派は瓦解した。  強硬派は勢いを増している。

 報復は報復を呼び、前線では小競り合いが止まらなかった。

 焼かれた村。  奪われた補給線。  報復として吊るされた死体。

 どちらの陣営も、もう互いの顔を見ていなかった。

 憎しみだけで動いていた。

「……新しい窓口が必要だな」

 執務室で呟く。

 リオが無言で書類を整理していた。

「候補は」

「ありません」

 即答だった。

「融和派は壊滅状態です。強硬派が主導権を握っています」

「だろうな」

 ミラが死んだ時点で分かっていた。

 あれは一人の死ではない。  人間側に残っていた“対話”そのものの死だった。

 窓の外を見る。

 雪は止んでいた。  だが空は灰色のままだった。

「……それでも探せ」

「はい」

 その時だった。

 扉の外で、控えめなノック音が鳴った。

 入ってきた部下は、僅かに表情を強張らせていた。

「陛下。人間側の兵士が、一名」

「捕虜か」

「いえ。単独で接触してきました」

 リオが視線を上げる。

「目的は」

「……和平交渉を求めています」

 部屋の空気が少し止まった。

「人間側が?」

「はい」

「所属は」

「強硬派です」

 今度こそ沈黙が落ちた。

 あり得ない話だった。

 強硬派の兵士が単独で魔王軍へ接触し、和平を求める。  普通なら罠を疑う。

 実際、罠の可能性は高かった。

「名前は」

「エド、と」

 聞き覚えはなかった。

 だが、リオはすぐに言った。

「会いますか」

「……会う」

 断る理由もなかった。

 どのみち、今の状況で止まれば終わる。

 少しでも可能性があるなら確認する必要があった。

 ◇

 謁見室は薄暗かった。

 高い天井。  並ぶ黒柱。  玉座へ続く赤い絨毯。

 空間そのものが、人間を威圧するように作られている。

 左右には側近達が並んでいた。

 誰も言葉を発さない。

 ただ、それだけで十分だった。

 魔力の圧が空気に混ざっている。

 普通の人間なら、この場に立っているだけで膝をつく。

 その中央へ、一人の青年が通された。

 痩せていた。

 軍服は泥と血で汚れている。  年齢は二十前後だろう。

 武装は解除済みだった。

 それでも視線だけは落とさなかった。

 真っ直ぐこちらを見ている。

 無謀だった。

「……お前が、和平を求めてきた兵士か」

 青年は短く頷いた。

「エドです」

「強硬派所属と聞いた」

「そうです」

「そのお前が、なぜここへ来た」

 エドはすぐには答えなかった。

 奥歯を噛み締める音が聞こえそうだった。

 やがて、低く言った。

「……止めたいからです」

「何を」

「この戦争を」

 左右の側近達から、冷えた殺気が漏れた。

 当然だった。

 強硬派の兵士が和平を口にするなど、冗談にもならない。

「理由を聞こう」

 エドの拳が僅かに震えた。

「……あの夜です」

「どの夜だ」

「焼けた集落の夜」

 その瞬間。

 雪と炎の記憶が蘇った。

 崩れた家屋。  焦げた臭い。  泣き声。

 話六の夜だった。

 エドは続ける。

「あの集落に、俺の家族がいました」

 謁見室が静まり返る。

「父も、母も、妹も死んだ」

 感情を押し殺した声だった。

 怒鳴りもしない。  泣きもしない。

 ただ、削れ切った人間の声だった。

「……それで和平か」

 俺は言った。

「普通なら逆だろう。復讐を望むはずだ」

 エドの呼吸が乱れた。

 初めて視線が揺れる。

「復讐なら、狂うほど考えた」

 その一言だけで十分だった。

 どれだけ憎んだのか分かる声だった。

「今でも、魔族を殺したいと思うことがあります」

 誰も動かなかった。

 エドは続ける。

「でも……戦うたびに、同じ顔が増えていくんです」

 そこで言葉が止まる。

 喉の奥で何かを押し殺しているみたいだった。

「焼かれた村の人間も、死んだ魔族の家族も、みんな同じ顔をしてた」

 俺は黙って聞いていた。

「……死にたくない顔だ」

 エドはゆっくり頷いた。

「ああ」

 その返事だけだった。

 だが、それで十分だった。

 理解してしまった。

 この男は、“正しい”わけではない。

 今でも憎んでいる。  今でも復讐したいと思っている。

 それでも止めようとしている。

 だからここにいる。

 視線を合わせる。

 怯えていないように見えた。

 違う。

 怯える余裕が、もう残っていない顔だった。

 限界まで追い詰められている。

 ここで何も変わらなければ、本当に全部終わると理解している顔だった。

 ……少しだけ、似ていると思った。

 廃城で、全部壊せば終わると考えた自分に。

「俺を信用して来たのか」

 エドは首を振る。

「してない」

「なら何故来た」

「他に残ってなかった」

 即答だった。

 妙に納得した。

 理想でも希望でもない。

 追い詰められた末の選択肢。

 それが今の世界だった。

 俺は玉座にもたれた。

「……お前一人に何ができる」

「分からない」

 エドは言う。

「でも、強硬派の中にも、もう限界だと思ってる奴はいます」

「少数だろう」

「それでもゼロじゃない」

 静かな声だった。

 演説ではない。

 ただ、壊れかけた人間が、それでも絞り出している声だった。

 俺はしばらく黙った。

 側近達も口を挟まない。

 沈黙だけが落ちる。

「……リオ」

「はい」

「こいつに通信魔導具を渡せ」

 側近達の空気が僅かに変わった。

 だが誰も反対しない。

「監視付きだ。本当に情報を持って来られるか見る」

「御意」

 エドの肩から、少しだけ力が抜けた。

 安心というより、張り詰めていた糸が一瞬緩んだように見えた。

「勘違いするな」

 俺は言った。

「信用したわけじゃない」

「分かってる」

「妙な動きを見せれば、その時点で切る」

「それでもいい」

 迷いのない声だった。

 もう後がない人間の声だった。

 エドは深く頭を下げた。

「……感謝します」

 その姿を見ながら、ふと思う。

 話六の夜。

 俺は確かに何かを見落としていた。

 合理で切り捨てたものの中に、まだ残っていたものがあったのかもしれない。

 だが。

 まだ信じる気にはなれなかった。

 希望という言葉を、もう簡単には信用できない。

「下がれ」

 エドは静かに立ち上がった。

 退出していく背中は細かった。

 今にも折れそうなのに、まだ歩いていた。

 扉が閉まる。

 しばらく誰も喋らなかった。

 最初に口を開いたのはリオだった。

「……どう見ますか」

「分からん」

 本音だった。

「罠の可能性は」

「高いでしょう」

「だろうな」

 窓の外を見る。

 灰色の空だった。

「ですが」

 リオが続ける。

「嘘を吐いている顔ではありませんでした」

「お前にしては珍しい評価だな」

「事実を言っただけです」

 短い沈黙。

 それから、リオは少しだけ視線を落とした。

「もう一つ報告があります」

「何だ」

「古参派の動きが不穏です」

 空気が少し冷えた。

「ガルドか」

「はい。人間側の補給線付近で、大規模な移動が確認されています」

「……止まらんな」

「ええ」

 和平を望む者がいる。

 それでも戦争は止まらない。

 誰かが前へ進もうとするたび、別の誰かが引き裂こうとする。

 世界そのものが、壊れる方向へ傾いているみたいだった。

 俺は目を閉じる。

 エドの顔が浮かんだ。

 死にたくない顔だった。

 あの夜、見落とした側の顔だった。

 ――だが。

 それでも、まだ遅すぎるのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ