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第9話:伝七郎の焦燥
「名門吉岡の剣、とくと味わえ!」
伝七郎が吠え、木刀が電光石火の速さでムサシの脳面を捉えた。本来なら頭蓋が砕ける一撃。だが、筵を被ったムサシの頭部は、打たれた瞬間にボフリと歪み木刀の先を泥の中にズブズブと埋め込ませた。
「な……!? 抜けん!」
伝七郎が必死に木刀を引き抜こうとするがムサシの泥の粘着力がそれを許さない。ムサシはただ、感情のない赤い目を光らせ、空いている泥の手を伝七郎の肩に置いた。グチャリ、という重い音が中庭に響く。
「……テンカ……ムソウ……マダ……コロセ……」
「うわああっ! 離せ、この化け物め!」
伝七郎は泥の重圧に膝をつき、必死に腕を振り払うが触れれば触れるほど泥が服にまとわりつく。清十郎は、その光景を黙って見つめていた。彼の目には、伝七郎の焦りこそが未熟であり、一切動じないムサシこそが達人の余裕に見えていた。
「そこまでだ、伝七郎。お前の負けだ」
清十郎の宣告に又八は、心底安堵した。
「さすが清十郎さん! お目が高い! ムサシ、もういいぞ放してやれ」
又八が慌てて泥を剥がし、再び筵で隠した。




