第6話:京の都と名門吉岡
慶長六年、春。又八と泥のムサシは、ついに京の都へと足を踏み入れた。華やかな賑わいと雅な香りに又八は「これだよ、これ!」と鼻の穴を膨らませる。隣に立つムサシは相変わらず筵を纏った異様な大男だ。都人の冷ややかな視線を浴びながら又八が向かったのは名門、吉岡道場であった。
「天下無双の宮本武蔵、推参! ……ってね。よし、いくぞムサシ」
道場の門を叩くと出てきたのは吉岡の門弟たちだ。又八は胸を張り、用意していた口上を並べ立てた。
「我が友、宮本武蔵は戦国最強の武功を引っ提げ、京の剣法を倒しに来た! ……が見ての通り、極度の対人恐怖症でな。ボロ布を脱ぐことも、言葉を交わすこともできぬが腕は確かだ!」
門弟たちが呆気に取られる中、道場の奥から現れたのは当主の吉岡清十郎……ではなく、その弟の伝七郎であった。伝七郎はムサシの巨躯を睨みつけ、鼻で笑う。
「対人恐怖症の剣客とは笑わせる。その筵の中身が偽りでないなら、まずは我が門弟と立ち会ってもらおうか」
ムサシの赤い目が暗がりの奥で濁った光を放つ。
「……キレ……コロセ……マダ……イクサハ……」
「おっと、今のは武蔵流の気合だ! 気にしないでくれ……下さい」
又八の冷や汗が京の乾いた土にポツリと落ちた。




