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第38話:無刀取りの真髄
「……ミナ……シズメ……!」
ムサシの泥がどす黒く膨れ上がり、兵庫助を飲み込まんと迫る。若き天才の剣は、もはや形をなさない怨念の塊を前にその行き場を失っていた。兵庫助が死の予感に震えたその時、石舟斎が音もなく二人の間に割って入った。
石舟斎は刀を抜かず、それどころか構えすら取らなかった。ただ、荒れ狂う泥の波に羽毛が舞い降りるような軽やかさで掌を置いた。
「もうよい、武蔵殿。戦場の泥は、戦場へ返してやるがよい。お主はもう、人を斬るための道具ではないのだ」
その一言が、熱り立つ泥を嘘のように鎮めた。ムサシの体から殺気が霧散し、ドロドロと溶けかかっていた形が穏やかな土の色へと戻っていく。石舟斎の掌からは一切の敵意が感じられない。相手を制そうとする心さえ持たぬことで相手の闘争心そのものを無効化する。それこそが柳生が辿り着いた究極の無刀であった。
「……オジイ……ナニ……シタ……?」
「何も、お主の苦しみの芯に触れただけよ」
石舟斎はムサシの胸に突き刺さった十文字槍に指を添えた。泥が水のように解け、あんなに頑丈に固まっていた槍がスッと石舟斎の手の中へ吸い寄せられた。




