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第36話:石舟斎の審美眼
「おじい様、なぜ止められるのです。この得体の知れぬ男、柳生の門を汚す無礼者にございます」
兵庫助が不満げに木刀を収める中、石舟斎はゆっくりと縁側まで歩み寄り腰を下ろした。その目は、ムサシの胸に突き刺さった十文字槍をまるで名画でも鑑賞するかのように細められている。
「……見事なものよ。兵庫、お前にはこれが無礼に見えるか?わしには、これほど誠実な姿は他にないと思えるがな」
石舟斎の言葉に又八は「よし、食いついた」と小声でガッツポーズをした。
「左様でございます! これこそが武蔵の到達した、一切の虚飾を捨てた真の姿……!」
「黙っておれ、小僧。わしはこの泥と話しておる」
石舟斎の鋭い一喝に又八は縮み上がった。石舟斎は再びムサシに向き直り、穏やかに問いかけた。
「武蔵殿と言ったか。その槍、重くはなかろう。お主自身が槍の一部であり、槍もお主の一部。もはや抜く必要すら感じておらぬ……そうではないか?」
「……コレ……トレナイ……デモ……イイ……」
ムサシの虚ろな返答に石舟斎は深く頷いた。
「そうよ、執着を捨てたのではない。執着と一体になったのだ。これぞ究極の不抜。兵庫、打ってみよ。手応えなど微塵もなかろうて」




