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第35話:柳生兵庫助の出陣
門前の騒ぎを聞きつけ、奥から一人の若者が現れた。柳生兵庫助、その佇まいは先ほどの門弟たちとは一線を画す鋭利な刃のようだった。
「情けないぞ……ただの泥人形に翻弄されるとは。控えよ、私が相手をする」
兵庫助の冷徹な声に門弟たちは、一斉に道を開けた。兵庫助はムサシの正面に立つと、じっとその姿を観察した。槍が刺さり、頭に雀を乗せ、鼻先を蝶が掠めていく男。
「……なるほど、確かに殺気がない。だがそれは、悟りを開いた者の静寂ではない。ただの死体、あるいは土くれの静寂だ。お主、何者だ?生きているのか?」
「……ムサシ……オナカ……スイタ……」
ムサシの返答に兵庫助の眉がぴくりと動いた。返事をしたのではない。ただ空腹を訴える音が漏れただけだ。兵庫助は木刀を正眼に構えた。
「言葉は不要か。ならば、その泥の底に何が隠されているのか、この兵庫助が暴いてくれる。いざ!」
兵庫助が鋭く一歩踏み出した瞬間、座敷の奥から低くも重みのある声が響いた。
「止めよ、兵庫。お主の剣では、その泥に穴を増やすのが関の山よ」
柳生家当主、石舟斎その人の登場であった。




