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第31話:沢庵と対話 ー少欲知足ー
伊賀の山裾。泥をこぼしながら歩くムサシと槍の重みで腰を言わせた又八の前に沢庵が再び現れた。
「梅軒殿を捨ててきたか。鎖という名の煩悩を引きちぎったつもりだろうが又八、お前の手はまだ真っ黒だぞ」
沢庵は、又八の泥まみれの掌を指差した。爪の間にまでこびりついた土は、もはや洗っても落ちぬ執着の証のように見える。
「うるさいな。あんな重い奴をくっつけたままじゃ、次の商売に行けないだろ。俺が繋ぎたいのは、ムサシと名声と金なんだよ」
「それが一番重い鎖だということに気づかんのか。梅軒は鎖で相手を縛ろうとしたがお前はムサシという偶像を使って、周りを縛ろうとしている。だがな、縛っているつもりの者が実は、一番強く縛られている者だ」
沢庵は、胸に槍を立てたまま虚空を見上げるムサシに歩み寄った。
「ムサシ、お前は又八の欲望という縄に繋がれていて、どんな気持ちだ?」
ムサシは無表情に「……ツギ……ドコ……?」と呟く。その虚ろな瞳には、繋がれているという苦しみすらも泥に溶けて存在しなかった。
「無我か、皮肉なものだ。お前が目指すべき境地に、この泥人形が先に辿り着いているとはな」




