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第29話:関ヶ原の記憶
「……この感触、まさか……」
ムサシの体内に右腕を飲み込まれたまま、梅軒の顔から血の気が引いていった。まとわりつき、体温を奪い生きた人間を沈めていくこの生暖かい泥。梅軒には覚えがあった。
「どうした梅軒、急に静かになって。諦めて大人しく運ばれる気になったか?」
「違う……又八。貴様、この泥をどこで拾ってきた」
梅軒の脳裏に数年前の雨の関ヶ原が蘇る。敗残兵となった梅軒は、累々と重なる死体と泥濘の中を這いずり回った。あの時、踏みつけた死体の顔も掴んだ仲間の腕も今のムサシと同じ泥にまみれていたのだ。
「……セキガハラ……アメ……フッテタ……」
ムサシが無機質に呟いた。その言葉に梅軒の背筋に氷が走る。
「貴様、やはりあの戦場にいたのか! 泥の中で死んだ連中の寄せ集めか!」
「よせよ梅軒、縁起でもない。こいつは俺が作った、金になる最高の武芸者なんだよ」
又八は笑い飛ばすがムサシの目には一瞬だけ、関ヶ原の濁流のような暗い光が宿った。
「……ムサシ……ハ……シンデナイ……」
巨人の呟きとともに体内の泥が激しくうねり、梅軒の腕をさらに深く、その奥底へと引きずり込んでいった。




