第18話:空回る穂先
「ええい、離せと言っている! この土くれが!」
胤舜は端正な顔を歪ませ、槍の柄を渾身の力で振り回した。しかし、ムサシの体内に深く食い込んだ十文字の鎌刃は、泥の粘着力にガッチリとホールドされビクともしない。それどころかムサシがのそりと腕を伸ばすと、その泥の指が胤舜の喉元へ迫る。
「……マダ……イクサハ……」
「来るな! 寄るな!」
胤舜はついに槍を支えにムサシの胸板を思い切り蹴り飛ばした。だが足は、泥の中にズブズブと沈み込み引き抜くたびに「スポン!」と間抜けな音が道場に響く。かつての華麗な槍捌きはどこへやら、今の胤舜は泥遊びに失敗した子供のような有様だ。
「胤舜さん、危ないですよ! ムサシは今、機嫌が悪いんだ。地面の味が薄かったみたいで!」
又八が野次馬のように囃し立てる。僧兵たちは、自分たちの若き天才が無言の巨人に振り回され、泥まみれで醜態をさらす姿に絶句していた。
「槍術が……私の槍術が通じない……これではただの泥遊びではないか!」
胤舜はついに槍の柄でムサシの頭を叩きつけるという、宝蔵院の教えにない暴挙に出た。しかし、ムサシの頭部はボコりと凹んだだけで、すぐにまたグチャリと元に戻る。それは、人間の剣技が物質に敗北した瞬間であった。




