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第17話:無感の怪物
「離せ! 離さぬか!」
胤舜は顔を真っ赤にし、全体重をかけて十文字槍を引き抜こうとするがムサシの胸に埋まった穂先は一向に動かない。ムサシは自分が攻撃されていることすら理解していない様子で、のっそりと一歩踏み出した。
「グチャ……」
その一歩ごとに足元から不気味な泥が溢れ、道場の磨き上げられた床を汚していく。胤舜は、槍を持ったままムサシの歩みに引きずられズルズルと後退した。
「馬鹿な……私の槍を力任せに奪うというのか! これが天下無双の戦い方か!」
胤舜の叫びに又八が調子よく割って入る。
「そう! それこそがムサシ流奥義ウマの耳に泥の術! どんな鋭い攻撃も泥のように受け流し、そして二度と返さない! 胤舜さん、その槍はもうムサシの胃袋の一部ですよ!」
「胃袋だと……!?」
胤舜の心に、かつてない恐怖と迷いが生じた。斬っても突いても、相手は痛みを感じず返り血すら流さない。そこにあるのは、ただ自分の殺意を飲み込み、無効化していく圧倒的な物質の存在感だ。
「……マダ……イクサハ……」
ムサシの呟きと共に槍の柄を伝ってドロドロの液体が胤舜の手元まで迫る。名門宝蔵院の天才は、生まれて初めて槍を捨てるという選択肢が頭をよぎった。




