第15話:南都の槍術
奈良、宝蔵院。そこには突けば槍、引けば長刀、払えば太刀と謳われる十文字槍の達人たちがひしめいていた。都での吉岡一門壊滅の噂は、すでにこの南都の地にも届いている。
「……宮本武蔵、か。吉岡一門を一人で平らげたという男、一度拝んでみたいものだな」
若き天才胤舜が静かに槍を磨く中、寺の門前に見るからに怪しい二人組が現れた。一人は、地面から泥を掬っては口に運ぶ巨漢。もう一人は、それを必死に隠そうとしている小男、又八である。
「はいはい、通りまーす! こちら、噂の天下無双の宮本武蔵先生でーす! 修行の一環でこの辺の地質を確認中ですので、お気になさらず!」
又八は、ムサシの口元に付いた泥を自分の袖で拭いながら宝蔵院の僧兵たちに愛想笑いを振りまいた。吉岡を倒したという名声のおかげで門弟たちは、警戒しながらも道を開ける。
「これが武蔵……殺気が微塵も感じられぬ。まるで、ただの土の塊が歩いているような……」
胤舜はムサシのあまりに無機質な存在感に、かつてない戦慄を覚えていた。それが悟りによるものか、単なる物理によるものかも知らずに。
「胤舜さん、一番強いのはあなたですか? 手短に一発、稽古をお願いできますかね!」
又八の軽い一言が静かな寺に波紋を広げた。




