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第13話:沢庵と対話 ー諸行無常ー
「天下無双の宮本武蔵……よし、この調子で噂を広めれば……」
京を離れた山道、又八は偽の武勇伝を記した書き付けを読み返し、独り悦に入っていた。ふと隣を見ると、道端の地蔵の影から、ひょいと生臭坊主が顔を出した。
「うわあああっ!? 出たあ!」
驚いて飛び上がった又八を無視し、沢庵はカサカサに乾き始めたムサシの腕を指先でなぞった。
「名声とは、空に書いた文字のようなもの。風が吹けば消えるし、そもそも最初から何も書いちゃいないのさ」
沢庵は、腰を下ろした岩の上で酒を煽りながら続ける。
「いいか又八。万物は常に変転する。これを諸行無常という。お前の連れも、かつては関ヶ原の雨泥、今は陽に焼かれた土だ。いずれ塵となり、風に散る。お前が名声という化粧を塗りたくったところで、中身は『空』。最初から何もないのだよ」
「また出たよ説法マニアが。せっかくの気分が台無しだよ」
「形あるものは必ず壊れる。だが又八、お前はその泥の中に『心』という名の執着を見出し、必死に繋ぎ止めている。崩れゆく土塊の苦しみがお前には見えぬのか」
沢庵はそう言い残すと、また霧に紛れるように消えた。又八は震える手で、ムサシの冷たい泥の腕をそっと支えることしかできなかった。




