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第11話:泥沼の一乗寺
夜明け前の一乗寺下り松。松明の火が揺れる中、数百人の門弟がムサシを包囲した。又八は震える足で松の木の影に隠れ、筵を脱ぎ捨てた親友の背中を押し出す。
「いけ……ムサシ! 暴れてこい!」
「斬れ! 叩き斬れ!」
伝七郎の号令と共に数十人の門弟が一斉に斬りかかった。鋭い白刃がムサシの胴を、腕を、首を深々と切り裂く。だが、手応えがない。斬られた先から泥がグチャリと癒着し、刀身を強力な粘着力で奪い取っていくのだ。
「な、なんだこれは!? 刀が抜けん!」
「こいつ、斬っても血が出ないぞ!」
パニックに陥る門弟たちを尻目にムサシは、丸太のような腕を水平に振り抜いた。剣術などではない、ただの質量の暴力だ。泥に絡め取られた刀を握ったままの門弟たちがボロ雑巾のように次々と弾き飛ばされていく。
「……コロセ……マダ……イクサハ……」
闇夜に響く地獄のような呟きと泥の重圧。名門の剣客たちは、目の前の怪物が技術ではなく物理のみで自分たちの存在を否定していることに絶望した。
「化け物だ! こいつは人間じゃない!」
一乗寺の地は、流れる血よりもムサシから零れ落ちる不気味な泥で黒く染まっていくのであった。




