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*43 タチが悪い

 佐伯が去った後のゼミ室に、僕と樋田さんだけが残る。


どちらかが先にここを立ち去れば、それは負けだとでも言うように。


彼は、口を開かない。


開ける筈もない。


だってそれは、


「樋田さん」


 呼び掛ければ、樋田さんの肩が跳ねた。


()に何か言うべきことはないですか?」


 その様子にカマを掛ける。


あからさまに怪しすぎて、もう笑えない。


むしろ、逆に笑ってしまいそう。


「あぁ、いや。本当に相談してただけ」


「それ、嘘ですよね?」


 へらり、と笑ってかわそうとする樋田さんに、視線だけを送る。


そんな筈はない。


あの佐伯の様子からして、そんな言い訳は通用すると思うな。


そこまで()は甘くないよ。


「一発、殴ってもいいですか?」


 それでようやく、目が合う。


覚悟を決めたような、そんな真っ直ぐな視線。


奥歯を噛み締めたのが見えた。


「……それで、お前の気が済むなら」


「……済むわけないでしょうが」


 そんなもので済むわけがない。




「お前なー、」


「悪いのは、樋田さんでしょ?」


 ぷかり、と目の前に煙の輪が浮かぶ。


久し振りに咥えた煙草の煙が目に痛い。


ついでに、樋田さんの腹に叩きいれた右手も痛い。


無駄に鍛えてやがるんだ、これが。


(他人)の彼女に手を出したんだから」


「うん、まぁ。俺だけじゃねぇけどな」


  ───糸屋もか。


いい加減に、想像と違わぬ現実に嫌気が差してくる。


薄々、というか、解ってはいたんだけど。


そっちも締めないとならんのか。


「ほんっと、隙がありすぎるんだな、あの人は」


「お前だって、そこに付け入ってる癖に」


「否定はしません」


 唇を尖らせる樋田さんに否定はしない。


だが、そう言われる筋合いもない。


「だったら、先に口説くなりなんなりしろって話なんですよ」


時間ならたくさんあった筈だ。


正々堂々と口説けば良かったんだ。


樋田さんにしたって、糸屋にしたって。


彼女だって、それならきちんと答えただろう。


「あぁ、それならなぁ。でもな、」


夜の8時。


さすがに人気も疎らになった校舎に、樋田さんの声が響く。


うちのゼミ(ここ)に入ってきた時にはもう、佐伯はお前のこと、好きだったんだと思う」


お前の方が分かりやすかったけどな、と彼は言う。


「まさか、そんな」


「否定しないでくれよ。あくまで、俺から見て、だけどさ」


確かに、ゼミに入ったときから仲は良かった。


それこそ、入学式で出会ってから。


僕に至っては、高校生の頃から。


「……余計に性質(たち)悪いな」


「いや、うん。すまん」


 それに横恋慕してるってんだから全く洒落にならない。


それで先輩風ふかせようってんだから。


「それで勝手にすっきりしやがって」


 糸屋も、樋田さんも、佐伯も。


他人を振り回して、勝手にすっきり精算した気でいる。


それにいちいち振り回される方はいい迷惑だ。


「……あぁ、もう、腹が立つ」


「別れるってんなら、後は引き受けるけど?」


「……何言ってんだ、あんた」


 年齢は一つしか変わらない先輩を、睨みつけた。







「悪かったね、遅くまで引き留めて」


「いえいえ。こちらこそです。ありがとうございました」


「市田君はまだいたかな? 気を付けて帰って」


 蓮見先生の部屋を出たのは、夜の8時を少し回った頃。


話し込んでしまって、ついつい長くなってしまった。


 研究室へ、コートを取りに行く。


まだ、明かりが付いていたので誰かはいるのだろう。


「終わった?」


 すでに帰り支度を済ませた市田が、私の荷物を持って待っていた。


にこやかに浮かべるその微笑みに、そら恐ろしいものを感じた。


あれは、笑っているようでそうじゃない。


()には彼がそうするだけの理由がある。


「……酷いことするつもりはないんだけど?」


 思わず、一歩後ずさった様子を見て、彼は言う。


「お望みなら、そうしようか?」


 その冷たい指先が、私の顎に触れた。


そのまま、彼の顔を見上げるように少しだけ上に上げられる。


あぁ、目が笑っていない。


これは、相当、怒っている。


「……お手柔らかに」


「……了解。無理かもしれないけど」

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