*37 二人と一人
「……なんでいるのさ。盟人?」
思っていたよりも数段低い声が出た。
自分で思うよりも、僕は不機嫌だったらしい。
「歩、」
──……あぁ、もう。
そんなすがるような目で、見上げてこないで。
佐伯の肩に手を置きつつ、彼女の隣の席に座る。
対峙する彼は、相変わらずとヘラヘラとしている。
そんな彼の姿にさえ、いらっとする。
「え~と、なんかいろいろ端折るけど、歩がいたから?」
「肝心な所を端折るのか。どうせ、女の子と来たけど怒らせたとかそんなんだろ?」
そもそも、彼は一人でこんな所に来るタイプではない。
『女の子とのデート以外にカフェに行くのはありえない。そんな一人で行く奴は、根っからの根暗か物好きだ』というのが、彼の持論なのだから。
「……なんでわかる?」
「一人でカフェなんて行けるか! って言ってるのは盟人でしょうが。」
首を傾げるな、30男が。
内心で突っ込みを入れる。
「大体、俺で遊ぼうと思ったんでしょ?」
「そんなことはないって。歩の考え過ぎだ」
「ウソつけ。目が笑ってるから」
「それはさておき。おいてきぼりになってるよ、彼女。紹介くらい、してよ」
それも、そうだった。
すっかり蚊帳の外になっていた佐伯。
「……ご、ごめん」
「んーん? なんか、面白かったから良いよ。久々に歩が毒舌してるのを見た感じ」
気を害した様子はなく、むしろ観察していた様子。
ちょっとほっとして、胸を撫で下ろす。
「え~と、彼は僕の従兄で、僕のバイト先の上司で弁護士をしている高里盟人。で、彼女は知っての通り、一緒に暮らしてる彼女の佐伯奈津さん」
盟人に紹介するのは不本意だが、しないわけにも行かずあっさりと紹介する。
「奈っちゃんな。話には聞いてたよ。……今度、ご飯行こっか?」
「何、誘ってんだよ」
挨拶から誘うか、普通。
しかも、従弟の彼女だし。
彼の頭には、節操って言葉はないのか?
「ちょっとご飯に誘っただけだろ。疚しい気持ちなんて、多分、ない」
「多分ってなんだよ、多分って」
ジロッと睨む。
だから、嫌だったんだ。
彼にだけは、紹介なんてしたくなかった。
だが、彼は僕の言葉なんてさして気にもしていない様子で。
「おぉ、怖。睨むなよ。だけど、かわいい子見たら誘うんがマナーだろ?」
「どんなマナーだよ? 知らないよ、そんなの」
「マナーってか、常識だろ!?」
「初めて聞いたよ、そんな常識。振られたばっかの癖によくそんなこと言えるよね」
僕の言葉に盟人が何か言い返そうとした時だった。
目の前を突然、何かで遮られる。
「……いーかげんにしたらどうですか、二人とも」
佐伯だった。
カフェのプレートで遮ったのだ。
顔は笑ってるが、目は全く笑っていない。
むしろ、絶対怒ってる。
「……大人気ないんですよ、二人とも。いつまで続くんですか、それは」
「……ご、ごめん」
つい、いつもの調子で言い合いを始めてしまった。
いつもなら、どちらか(大体は僕になるが)がスルーしておわるのだが、今回はそうではなかった。
「なぁ、歩」
盟人が僕に擦り寄って、耳元で囁くように言う。
「なに」
「お前の彼女の奈っちゃん、随分怖い子なんだな」
「……否定はしません」
「何か、言った?」
「「いや、なんでもないよ・です」」
佐伯の笑顔がやけに怖い。
そんなことを、思う。
ところで、さっき彼女は、『久々に歩が毒舌してるのを見た』と言ったが、僕のほうこそ『久々にこんな彼女を見た』のかもしれない。
(樋田さん相手は別として)
「ね、歩。そろそろ……」
「あ、うん」
佐伯に促され、腕時計を見る。
そろそろ映画館に行かないと目当ての回が始まってしまう。
「僕ら、そろそろ行くから」
盟人に断り、伝票を片手に立ち上がる。
その伝票が指先からすっと抜き取られる。
盟人の手によって。
「映画だろ? いいよ、これくらい。たまには払っといてやるよ」
……珍しい。
決してケチ、というわけではないが(事実、僕へのバイト代も結構気前が良い)、自分からそう言ってくれることはあまりないだけに。
「そっか? ありがとう、盟人」
「おぅ。楽しんでおいで」
手をヒラヒラさせてそう言ってくれる盟人を背に、カフェを出る。
それに振り返って、手を振り返えす佐伯。
「盟人さんて、面白い人だね」
「そうかな。僕にとっては、ずっとあんな感じだからね。あれで弁護士だってのが不思議だけど」
「そんなもんかもね。それにしても、歩とあんなテンポ良く言い合えるのはさすがだわ。久々に見たもの」
「樋田さんとはいつもだけど?」
「大抵は、樋田さんが負けるんだけどね」
顔を見合わせて、どちらともなく笑い合う。
***
コーヒーはすっかり冷めてしまっている。
丁度、側を通りかかったギャルソンに声を掛ける。
「悪いんやけど、取り替えてくれる? ブラックのホットで」
「オリジナルでよろしいですか?」
「うん、それで」
次の一杯を飲んだら、帰ろう。
帰って、ワインでも開けようか。
そんなことを思いながら、ウィンドウの外のイルミネーションを眺める。




