*36 邂逅(悪い意味で)
「……ごめん、ちょっと行ってくる」
「あ、うん」
突然に鳴り出した携帯を手に市田が席を立つ。
訝しげに眉をひそめながら。
余程、予想外の相手なのか、それともそれほどの相手なのか。
あえては聞かないでおく。
冷えて冷たくなった指先を暖めるようにコーヒーをすする。
泡の消えかけたマキアートを飲みながら、カフェの店内を見遣る。
──あ、あのバッグ、かわいいな。
そんなことを考えながら、彼を待つ。
ふと、離れたテーブルに目をやった。
──……知らない、人、だよね?
満面の笑みでこちらを見る男性。
30歳くらいの人だろうか?
将来、市田が着ていそうなスーツを身につけている。
(彼が普通に会社勤めをするならば、だけど)
その彼が、あまりにもこちらを見るので、首を傾げてみる。
すると、彼は『そうそう』とでも言うように、首を縦に振る。
そして、あろうことか、席を立ってこちらへと向かってくる。
──え!? いや、ちょっとまって。ってか、早く戻ってきてよ、市田。
そんな時に限って、隣に奴がいない。
「や、はじめまして」
男性は、爽やかそうな笑みを浮かべて、そのまま市田の座っていた場所に腰を下ろす。
「は、はぁ。はじめまして」
そう言われれば、そう返さざるをえない。
内心、焦りまくりではあるけれど。
仕立ての良さそうなジャケットを無造作に着たその『名前も知らない誰か』は、一見人畜無害そうに見えて。
だが、残念ながら彼は見た目にはそうであっても、根っからではないらしい。
その奥底の知れない表情が、良く似た市田の浮かべるものとは違い過ぎて、かえって警戒心をとけそうにない。
「……そんな警戒しなくても。なにも捕って食おうって訳ではないし」
突然分け入ってきた彼に対しての猜疑心・警戒心を読んだように言う。
そんなこと言われても困るし、尚更あやしいじゃないか。
仕方ないけど、彼の方を見る。
「……莫迦じゃぁ、ないんだね。一応、警戒とかしてるみたいだし」
ニコニコ笑いながら、毒を吐く。
ってか、何であたしは初めて会った人にこんなに言われてるんだろう?
あまりの理不尽さにイライラしてくる。
「……あの、」
その割りに口から出た声は、あまりにもか細くて。
ちょっと、情けない。
「なに?」
「なんであなたは……」
「あー、歩、戻って来たわ。話の続きはまた」
言葉の途中で遮られる。
続く言葉は、発することさえなく飲み下される。
通話を終えた市田が、戻ってくる。
携帯をジャケットの胸ポケットにしまいながら、ドアを潜る。
テーブルから10メートルくらいの距離で顔を上げ、堂々と居座る珍客に気付く。
一瞬、目を見開いて。
でも、直ぐに表情はいつもの通りに。
いや、いつもよりも固く真一文字に結ばれた唇が、彼の内心が穏やかではないことを物語っていて。
……あぁ、もう。
突然現れて居座る彼を、なんと説明すれば良いものか。
あり得ない事態に言い訳すら思い付かない。
あたしには、何の非もないというのに、何故あたしが悩まないといけないのか。
市田はそんなあたしの心情なんて露も知らず、テーブルの側まで来て、彼を横目で一瞥する。
「……なんでいるのさ。盟人?」
──低く地を這うような声で彼は言った。




