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*34 言外の意

「あのさー?」


 ある日の夕食の後、彼女が言いづらそうに話しかけてくる。


「ん?」


 食器を磨く手を止めて、顔を向ける。


何を言いづらそうにしてるんだろう、この子は。


首を傾げたまま、佐伯の次の言葉を待つ。


「あの、(あゆみ)は映画とか好き?」


「……うん、まぁ」


 映画か。


最近は観に行ってないなぁ。


「あの、あのさ」


「うん?」


 彼女が後ろ手に持っていたものをずいっと突き付けてくる。


映画の無料招待券が2枚。


系列の映画館ならば上映中の映画をどれでも観られるという代物。


「どしたの?これ」


由真(ゆま)ちゃんのお母さんにもらったの。いつものお礼にって」


 佐伯の家庭教師のアルバイト先の親御さんから貰ったのだと言う。


「そうなんだ? じゃあ、有り難く使わせてもらおうか?」


 そう僕が言った途端、ぱぁっと彼女の顔が明るくなる。


そんなに嬉しいのか。


つい構いたくなってしまうじゃないか。


「いいの?」


「せっかく頂いたんだし。……それにたまには、ね」


 それとも一人で行くかい? と少しだけ意地悪を言う。


「やだ。一緒に行く」


「樋田さんあたりとなんて楽しいんじゃないかな」


 ――むしろうるさいかも、だけど。


「やだよ。歩とがいい」


 アヒルの口の様に唇を尖らせて目一杯主張する。


その仕草すら可愛く思えて。


「うん。俺も嫌だな。イビキとか煩そうだし」


「そうじゃなくて」


「わかってるってば。明日の夜でもいい? 食事でもしてからさ」


 大学で落ち合って、ついでに外で食事しよう。


幸いに明日は土曜日だし、明日明後日と二人ともバイトの予定はない。


こんなタイミングはそうそうない。


「いいの?」


「何が?」


「即決とか、いいのかなぁって。『仕事』の予定とかさ」


 ここでいう『仕事』ってのは、大学でしなきゃならない勉強を指している。


「……何、奈津は俺が自分のスケジュールすら把握出来ないと思ってるのかい?」


 自慢じゃないが記憶力は悪くない。


最近になって手帳やパソコンでメモくらいはするようになったが、それだって院生になって多忙になったからで。


少なくとも、メモをしても〆切を忘れる佐伯に言われる謂われはない。


多分。


「それはない、けど」


「俺が約束を破った事ってあった?」


 佐伯がふるふると首を横に降る。


その仕草がまた小動物くさい。


「じゃあ、君は大人しく、明日を楽しみにしてなさい」


 くしゃり、と髪を撫でてやる。


彼女は髪を撫でられるのが好きらしいから。




 午後5時半。


早めに保田(やすだ)先生の教官室を辞して、院生室を尋ねる。


「お、市田だ」


 院生室のドアを開けると目の前にはまず樋田さんが。


心なしか少し日に焼けているような気がする。


「久しぶりに顔を見た気がする」


「気じゃなくて、本当に久しぶりですよ」


 実際に保田先生のところに篭りっきりで、こっちに来たのは久しぶりなんだから。


「あれだよな、俺がお前に避けられてるとかそういうんじゃないよな?」


「避けられる原因があるのは自覚してるんだな」


 俺の後に入ってきた博士2年の千草さんがぼそっと突っ込みを入れる。


樋田さんといると、否が応にも突っ込み体質になる。


うちの研究室では、本来天然キャラの栂谷(つがや)ですら突っ込み側になる。


なんだろう。


イジラレ体質というより、イジルのを強要されるというか。


「嘘だよな、嘘だと言ってくれ、市田」


「いや、この際だ。言うなら言っちまえ、市田?」


 その目を潤ませて見上げてくる樋田さん(因みに樋田さんの方が僕より背が高い)に、明らかにからかっている様子の千草さん。


さすがに言える訳もなく(そこまで思ってないにしても)、曖昧に笑う。


千草さん、僕にはハードルが高いです。


「ほら見ろ。一応、こんなんでもお前が先輩だから市田も遠慮してるんじゃねーか」


「いや、そんなこともないですよ」


「そうそう。市田、結構毒舌だし。何気に酷いこと言ってくれるし」


 ……酷いのはあんたのキャラだ。


さすがにあえては言わない。


「お前らなー。ったく」


 千草さんが言外の意味を察したらしく、呆れたように言う。


「どっちもどっちだよな、お前ら。足して割ったら丁度いいんじゃね?」


「嫌だわ。こんな真面目にはなりたくない」


 僕も、それはなんか、嫌だなぁ。


この人(樋田さん)と同レベルにはなりたくない。


精神的な意味で。


「……そーか。あれだろ、市田。佐伯呼んでくるから、ちょっと待ってな」


 言外の意を汲んだ千草さんが呆れたようすで、院生室に佐伯を呼びに行く。

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