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*31 独壇場

 居酒屋についてしばらくたった頃だっただろうか。


糸屋くんと女の子たちの中の一人がやけに親しそうにしていたのには気付いていた。


気が合って仲良くするならいい。


それでこそ、樋田さんに無理矢理連れて来られた甲斐があったというもの。


「私、市田さんとちゃんとお話してみたかったんですよね」


「あぁ、そうなんだ? そんな面白いモンでもないでしょ?」


「そんなことないですよぅ」


 本当にそうなんだろうか?


少しだけ疑問を抱きながらグラスを傾ける。


生憎、彼女には興味を持てないらしい。


全くと言っても良いほど興味はないのだが、表面はひたすらいつも通りに。


『八方美人』だと彼女によく言われるような。


「普段はどんなことしてるんですか?」


「普段? 普通、じゃないのかな? 音楽聴いたり、映画見たり、とか」


 普段ってなんだよ? と思いつつ。


人と会話するってなんて難しいんだろう。


「普通ですね~、普通。じゃあ、どんな研究されてるんですか?」


 それは答えて解るものなのだろうか?


「え、建築物の素材関係とか……って解る?」


「わかんない」


と、彼女は首を横に振る。


……だよなぁ。


 僕が、彼女の教育学部での話を聴いても表面は理解できても、深くは理解できないのと同じように。


理解して貰おうとも思わないが。


理解出来る人にだけ理解してもらえれば、それでいい。


例えば、彼女のように。


「あ~、ダメダメ。そいつにそんなこと聞いちゃあ」


 樋田さんが割って入る。


さりげに隣に座ろうとするのはなんでかなぁ。


「こいつ、説明するの面倒になっちゃうと黙るクセあるからさ」


 ──あ~、そうかもしれない。


言われて見れば、思い当たる節はそれなりにある。


自分のことを説明上手だと思ったことはない。


そのあたりは樋田さんのが定評がある。


「例えば、3匹の小豚の話はわかる?」


「え? 3匹の小豚って、あの三人兄弟の豚がそれぞれ家を建てる?」


「そうそう。何で家を建てたかは覚えてる?」


 樋田さんの問いに、う~んと彼女は考える。


「……まず、わらでしょ? それと……、木だっけ? 後は……」


 最後のひとつが思い出せないようで、再び彼女は頭を抱える。


「あ、レンガじゃなかった?」


「正解☆」


 いつのまにか彼女の友人達もこちらの話に聴き入っていたらしい。


友人の一人が最後のひとつを答えた。


「わらに、木に、レンガ。さて、またまた質問だけど、火事に強いのはどれ?」


 なかなか優秀なオーディエンスに、樋田さんも心なしか楽しそうだ。


「はい、君」


 先に答えた子とは違う子に解答権を与える。


「火事……だと、やっぱりレンガ? かな?」


「うん、当たり。他のふたつはどうしても燃えちゃうしね。じゃあ、夏に涼しく過ごせるのは?」


「う~ん、わら?」


 樋田さんは学校の先生よろしく、上手く流れを誘導し、進めていく。


「まぁ、そうだね。日差しは適度に遮り、空気の流れも適度に出来る。素材によって、かなり特徴が出来るだろ? コイツが研究してるのはそんな感じのもうちょっと難しい版ってトコかな?」


 樋田さんの話に聴き入っていた三人の口から感嘆の声が上がる。


うん、さすがに上手い。


 そこで、女性陣が一人減っていることに気付く。


そして、糸屋くんの姿も。


だが、あえてそれを口にはしない。


「まぁ、なんか知りたいことがあったら俺に聞いてよ。答えられることなら答えるし」


 解説がうまいことウケて樋田さんが調子に乗る。


調子に乗りすぎてコケなければ良いけど。


でも、そこでコケるのが樋田さんでもある。


「あの……市田さん?」


 今度は栂谷(つがや)君が話掛けてくる。


声のトーンを落とし、内緒話をする時のように。


「どうかした?」


「糸屋君がいないんですけど……」


 彼もそのことに気付いていたらしい。


栂谷君にも何も言わないで、出て行ったのか。


「あぁ、多分抜けたんじゃないかな。女性陣も一人いなくなったみたいだし?」


「それならそれでいいんですけど。……トイレとお友達してたらやだなぁと思って」


 ──それはないでしょ、多分。


以前の飲み会でかなりイケる口なのは実証済みだし。(Dearest For You.参照のこと)


しかし、言ってる本人は真剣そのもので。


「多分、大丈夫。それよりも、このことは樋田さんには秘密に。バレるとうるさいから」


 人差し指を立てるジェスチャー付きで念を押す。


視線の先で、女性三人に囲まれた樋田さんは、『いますぐ死んでもいいっ』という声が聞こえてきそうなほどに幸せそうだった。


きっと、彼にとってはこれ以上ないほどに幸せな時間だったに違いない。

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