*30 抜け駆け
「という訳で☆まずは自己紹介とゆうことで。工学研究院の樋田 恵でぇす☆」
星飛ばすな、星。
「……あー……、市田です、よろしく」
律儀だなぁ、市田さんは。
と、変な感心をしてしまう。
「工学部4年の糸屋です。どうも」
「あ、栂谷 美和です。はじめまして」
ぺこっと頭を下げたその仕草に女性陣が『かわいー』と声を上げた。
妙なウケ方するのな。
「じゃあ、あたしから。」
髪の毛フワフワの例の子が授業中に発言する時のように手を挙げる。
「改めまして。はじめまして、市橋美佳です。教育学部の2回生です。」
ペコリ、と頭を下げる。
うん、かわいらしい。
美佳、と名乗った子の隣に座った黒髪ロングストレートの子が口を開く。
「じゃ、次は私。笹岡真麻です。弓道部ではないです。インドア派です」
ちょっときつめに見える真麻と名乗った子は、どちらかというと佐伯さんの部類のように見えた。
……なんというか、雰囲気が。
「加藤亜希子です。今日はよろしくおねがいします」
「沢木 瑠華です。弓道部ではお世話になってます」
亜希子という子は茶髪のセミロングに眼鏡で正統派眼鏡っ子、瑠華といった子は確かに見覚えがあった。
──よくもまぁ、それぞれイメージの違う子を集めたよな。
それぞれのキャラクターが被らないように見える。
これが女子の策略ってヤツなのか?
「隣、失礼しますね、センパイ」
「ん? って、うわ」
余計な事に気を巡らせているうちにすぐ側に笹岡が座っていた。
思わず(失礼な)声を上げてしまった。
「……うわって、それはないでしょ、センパイ?」
笹岡に上目遣いで睨まれる。
顔、近いし。
息が掛かる程に近くて。
「ごめん、そーいう意味じゃ決して」
「わかってますって。ずーっと上の空でしたもんね」
どうせ先輩も数合わせに連れて来られたんでしょ?と笑う。
その笑い方がまた彼女に似ているような気がして。
「まぁ、そんなとこ」
「だろうと思った。まぁ、どうせあたしもそうだけど」
市橋に迫られる市田さん、加藤と沢木に世話される栂谷、そして女の子達に必死に話し掛ける樋田さん。
それらをぼうっと眺めながら、二人でひたすら枝豆を食べる。
(一体、どういう状態なんだ?)
「美佳が乗り気でさ。市田さんに憧れてるんだって」
「美佳って市橋さん? ……へぇ」
そんなこと聞いたってなぁ。
正直、他のヤツがモテている話を聞いたって仕方ない。
うん、枝豆んまい。
「うちら三人はいわばオマケですよ。……やばい、枝豆足りない」
「どうせ誰も食ってねぇし。もう一皿頼もうか」
皆、食べる所ではないらしい。
市田さんは迫ってくるのをかわすのに精一杯だし、栂谷は無理矢理気味に食わされてるしで。
難儀なことだ。
「枝豆の他は? なんかいる?」
笹岡にメニューを渡してやる。
さすがに枝豆だけでは注文しづらいじゃないか。
「じゃ、シークヮーサーハイで。ね、先輩」
「それいいな。俺も頼むかな。……って何?」
気付くと、思っていたよりもごく近くに彼女の顔が寄せられていて。
思わず意識してしまい、喉が鳴る音にすら緊張してしまう。
息が触れる程に近い。
綺麗にカールした睫毛に、指先のさくら色のネイル。
「せんぱい、もうちょっとしたら二人で抜けません?」
耳元で内緒話のように囁かれた。
言葉の内容を理解するまで数秒。
理解出来た途端、頭に血が上る。
「……え、」
「だから二人で抜けましょうって。いつまでもこんな茶番みたいな合コンに付き合っても仕方ないですってば」
確かにそれは一理あって。
市田さんも栂谷もなんとかして切り抜けるだろうし。
抜け出た後でメールだけしておけばいい。
樋田さんに何言われっかわかんないけど。
「ん、そうだな。わかった」
「じゃぁ、後でね」
ニコッと彼女が笑う。
彼女に対して特別な感情も何もないはずなのに、ドキッとする。
──何、考えた?俺?
彼女は彼女であって、佐伯さんじゃあ、ない。
よく見ればそんなに似てはいないじゃないか。
ふとした時に見せる仕草や表情が似ているだけだ。
ましてや、初めて会ってほんの数時間の相手に、
──惹かれるなんて、ない。
微かに胸中を過ぎった思いにかぶりを振る。
なんだろう。
自分のアイデンティティが崩れるような、そんな気がした。




