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*28 誘い話

 ──未だ、部屋の主は出勤していないらしい。

 

 預かった鍵でドアを開け、ブラインドを開ける。

 

まばゆい朝の光に眼を細める。

 

 暖房を暑くなりすぎない程度に調整し、デスクトップパソコンの電源を入れる。

 

立ち上がる間にコーヒーの支度を。

 

この一連の作業は、ここのところの僕の日課になっている。

 

 10時を少し過ぎた頃、やっと部屋の主が出勤してくる。

 

 艶やかなストレートの髪を惜し気もなくなびかせて。

 

気の強そうな目元に、唇は真一文字に。

 

見る人によっては、魅力的な。

 

いつもと違うのはベージュのトレンチの下はスカートのスーツを。

 

この部屋の主・保田美也子助教。

 

「おはようございます、保田先生」

 

 煎れたばかりのコーヒーをカップに移しながら、挨拶をする。

 

保田先生からの返答はない。

 

あまり、機嫌がよろしくはないようだ。

 

デスクに投げつけるように置かれたバッグがそれを裏付ける。

 

(……あれ、ブランド物だよなぁ)

 

 保田先生の機嫌をあまり気にしても仕方がない。

 

この数ヶ月で僕が学んだ事だ。

 

いちいち反応せずにいつも通りに。

 

黙って彼女のデスクにコーヒーカップを置く。

 

「……あぁ、そうだ」

 

 言葉を発した僕を横目で見て、眉をあげる。

 

『言いたいことがあるならさっさと言え』と。

 

「さっき、蓮見先生から電話がありました。出勤したら来てくれって」

 

「……そういう事はさっさと言いなさい、よっ」

 

 『蓮見先生』という言葉に弾かれるように立ち上がる彼女。

 

その勢いで、座っていた椅子がけたたましい音を立てて倒れる。

 

きっとこのフロア中に響いただろう。

 

「蓮見先生のトコに行ってくるからっ。これ、お願い」

 

 返事をする間もなく、僕にトレンチコートを投げつけた彼女は部屋を出ていく。

 

そんな彼女の様子に思わず口元が歪む。

 

可愛いところもあるじゃないかと。

 

わかりやすすぎる。

 

彼女は、蓮見先生に弱いってこと。

 

 保田先生が席を外した後、僕は僕の仕事をする。

 

仕事といっても給料が発生する類のものではない。

 

保田先生に頼まれたものや、自分の研究に必要なものだったりする。

 

 先生が出て行った後小一時間ほどして樋田さんが訪れる。

 

「……あれ? 市田一人? 保田先生は?」

 

「蓮見先生のとこ。もうちょっとしたら帰ってくると」

 

「そっか。じゃ、待ってるかな」

 

 そう言ってソファーに腰を下ろす。

 

すぐ目の前に置いていた科学雑誌を手に、パラパラとページをめくる。

 

 彼は樋田 恵(ひだ めぐみ)

 

博士課程1年で、僕の2学年先輩。

 

(僕が浪人しているので、年齢は1才年上)

 

「あのさー」

 

 コーヒーでも、と思い、カップに移してる最中に声をかけられる。

 

「はい?」

 

「お前、今週末、ヒマ?」

 

「……特に用事はありませんけど?」

 

 首を傾げながら、コーヒーカップを出す。

 

彼のこのはっきりしない物言いはかなり珍しい。

 

いつもならもう少しはっきりと言いたいことは主張するハズ。

 

「実は土曜に、教育学部のコと合コンするんだけど」

 

「……へぇ」

 

 どうやって約束を取り付けたのか想像に難くない。

 

大方、森田さん(M2)の力だろう。

 

それに、弓道部の手伝いをさせられている糸屋くんか。

 

「で、お前、数合わせで来てくれない?」

 

「……は?」

 

 思わず、聞き返す。

 

樋田さんは、僕と佐伯が付き合ってるのは知っているハズだ。

 

「正直、人数が集まらないんだわ。佐伯には俺から話すから、頭数合わせるのに来てくんねぇ?」

 

 彼が両手を合わせる。

 

さすがに嫌とは言えそうにない。

 

「……わかりました。頭数合わせるだけですからね?」

 

「悪い。佐伯には話しとくから」

 

 合コンなんていつ振りだろう。

 

学部生の頃は何度かあったし、何度か行った。

 

ゼミに入ってからはあまりそういう誘いがなくなったように思う。

 

精々、教授や蓮見先生が主催の飲み会くらいか。

 

まぁ、そんなに行きたいものでもないけれど。

 

「え? 市田さんも誘われたんすか?」

 

 その日の昼食時。

 

樋田さんに合コンに誘われた事を話すと、糸屋くんが声を上げた。

 

「市田さん『も』?」

 

「僕と糸屋くんも誘われたんですよ」

 

と、栂谷くん。

 

栂谷くんは、ようやく十分な奨学金をもらえるようになったらしい。

 

「まぁ、どうせ暇だからOKしたんすけどね。でも、まさか市田さんにも声掛けてるなんて」

 

「佐伯にも話しておくからって言われて、断れなくって」

 

「……そこまでですか」

 

 糸屋くんが呆れたような顔をする。

 

「……それより気になるのは、君らも頭数合わせって……」

 

「……あー」

 

 ――頭数合わせでない人は一体何人なのか。

 

とゆーか、樋田さん以外にいるのか?

 

(あ、ちゃんと佐伯には話しを通しておいてくれたみたいです。悪しからず)

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