*27 好きなモノ
今日もいつものように大学に行く。
──すごいなぁ、ここのところ毎日ちゃんと来てるや。
そんなくだらないことに感心する。
……今までが単にサボり過ぎってだけなのかもしれないけど。
今朝はいつもより早く起きた。
最近切った肩までの髪が、巻いた毛先が秋の風に揺れる。
薄手のモッズコートが少し肌寒い。
そろそろコートの季節かな、なんて思う。
飲み物と少しのおやつが入ったコンビニ袋を手に、研究室のある棟へ向かう。
今日は何をしよう、なんてことを考えながら。
「センセ、おはよーございます」
「あぁ、佐伯か。早いな、おはよう」
真っ先に荷物も置かずに蓮見先生の教官室へ赴く。
朝も早いのに、既にスーツできっちり決めた蓮見先生が、満面の笑顔で迎えてくれる。
「先生こそ。午前中は空きなのに、早いですね。……コーヒー入れてもいいですか?」
「僕の分も頼むよ。授業はなくても、仕事はあるからね」
先生のデスクのPCはまだ立ち上がったばかりのところらしく、ログイン要求の画面が表示されている。
立ったまま、ポンポンと片手でキーボードを叩く。
それから窓の側に置いてあったペットボトルの水を、育っているのかそうでないのかよくわからない観葉植物に遣る。
そんな一連の先生の動作に、『かっこいいなぁ』とか、少しだけそう思う。(本当に少しだけ)
コーヒーの出来上がりを待つ間、先生の動作をぼうっと眺めていたら目が合ってしまった。
「ん? どうかした?」
にっこりと眩しい笑顔を向けられてしまう。
窓から入る日の光のせいかもしれないけど。
「いやぁ、先生ってかっこいいなぁと思って」
「……はは、おだてても何も出ないよ?」
苦笑いで返される。
本音なんだけどなぁ。
入ったコーヒーを2つのカップに移し、先生の元へと運ぶ。
「どうぞ、先生」
「ん、ありがとう」
そう答えながらも、先生の目線はモニターに向けられたまま。
大方、メールのチェックでもしているのだろう。
側の応接セットに座ってコーヒーを啜る。
この部屋にそぐわないアニメキャラクターの描かれた時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。
時折聞こえるカチカチというマウスの操作音。
部屋を暖める朝の日差し。
あたしはこの教官室の醸し出す空気が好きだ。
先生の邪魔にならないなら、一日中、ここにいても良いと思うくらい。
事実、担当教官が蓮見先生に代わったこの春から、かなりこの部屋に入り浸っている。
「あれ? 豆、変えた?」
「はい。残りが少なくなってたんで、勝手に買ってきました。好みじゃなかったですか?」
「いや、良いよ。結構良い豆だったんじゃない?」
一口しか飲んでないのによくわかるなぁと思う。
確かにちょっと奮発した。
200グラムで1200円もした。
「はは。昨日、友達の店で買って来たんです。飲んでみたら美味しかったので」
「へぇ、例の友達の店か。美味いよ、うん。……いくらだった?結構したでしょ」
先生は、そう言いながらも、ジャケットのポケットをまさぐる。
きっとお財布を探しているのだろう。
「そんなにはしてないですよ? それにあたしもこうして飲みに来てるんで、お代は結構ですよ」
「そう? 悪いな」
実のところ、この部屋のコーヒー豆使用量の半分はあたしが消費しているに違いない。
……豆保存用のキャニスターを買ってきたことは黙っておこうっと。
と、こういう訳でこの部屋の物は段々増えて行ってる。
物を置いていくのはあたしだけじゃない。
ティッシュなんかの消耗品も、残り少なくなってくると誰かが買ってきて補充をしているようだ。
もう冷めてしまったコーヒーの残りを一口に飲む。
そろそろ、研究室に行こう。
そう思って立ち上がる。
「佐伯さん、カップはそのまま置いておいて。コレ、飲んだら一緒に片付けておくから」
「はぁい。いいんですか?」
「うん。やっておくよ。コーヒー、ありがとう」
その、あたしに向けられた笑顔に胸がどきり、と響いた。




