*26 ごちそうさま
「奈津せんせってカレシとか、いるの?」
唐突にきた無邪気な質問に思わず数学の教科書を取り落とす。
「な!?」
「うわ~、その反応は怪しいなぁ」
と、からかい口調で囃す由真ちゃん。
今は家庭教師のアルバイト中で、彼女はあたしの教え子だったりする。
彼女・嵯峨野 由真ちゃんは、彼女が中学2年生からの受け持ちで、今は高校2年生。
そう言った話が好きなお年頃真っ只中、なのか。
「……あ~、うん、まぁ」
「やっぱりいるんだ? どんな人? かっこいい?」
由真ちゃんが、興味津々といった体でその大きな目をいっそうキラキラさせて突っ込んでくる。
──でたよ、女の子特有の弾丸マシンガントーク。
こうなると、ある程度話さないと中々満足してくれないんだよなぁ。
「……う~ん。どうだろ? かっこいい、のかなぁ?」
そりゃぁ、かっこいいとか思う時はあるけれど、いつもではないし。
可愛いとか情けないとか頼もしいとか思う時もある。
そもそも、他の人に彼氏をかっこいいとは公言出来る訳がない。
自意識過剰とか、ノロケだとか言われたくないし。
「写メとかないの?」
尚も彼女は食い下がる。
そんなに興味あるのかなぁ。
ってか女子高生ってこんなんだっけ?
「写メねぇ……」
携帯電話を取り出してフォルダを見てみる。
……とてもじゃないが、人に見せられるような写メがない。
隠し撮りに近いようなものだとか、あまりにふざけたものだとか。
「……う~ん」
あったのは去年の夏のゼミで撮った集合写真。
ほとんど豆粒だけど。
「はい。前列の右から2番目の人が彼氏」
画面はそのままに、携帯電話を由真ちゃんに渡す。
「……せんせ、これじゃ見えないってば」
しかめ面みたいに目を細めた彼女が呆れたように言う。
「あはは。それくらいしかまともなの、ないんだもん」
「あ、こっちのがいいじゃん。この人でしょ?」
目の前に携帯の画面を突き付けられる。
……近すぎて見えないってば。
ってか、あたしの携帯っ!
勝手に操作してない!?
携帯を離して見ると、それは確かに市田の写メで。
あたしがさっき没にした一枚だった。
振り返りざまでボケてたし。
「あ、うん。この人」
「へーぇ、この人が奈津せんせのカレシかぁ。かっこいい系? 草食男子系?」
由真ちゃんがニヤニヤと笑う。
「もういいでしょ? 続きやらないと」
携帯を取り上げてポケットに仕舞う。
「え~、まだ聞きたいこと、あるのになぁ」
「だぁめ。由真ちゃん、そればっかりになっちゃうもん。やることはやらないと」
「え~」
不満げに唇を尖らせる。
その仕草は可愛いけど、仕事だしなぁ。
彼女が頑張ってくれないと申し訳が立たない。
しばらくごねた挙げ句、ようやく机に向かってくれた彼女に、見えないようにため息をついた。
「……とゆーことがありました」
市田の用意してくれたパスタをフォークでつつきながら、今日の報告を。
「……なるほど」
市田は先に済ませたらしく、テーブルの反対で頬杖をつきながら。
律儀にあたしに付き合ってくれている。
「いや、女子高生ってあんなだったかなぁ。あのパワーには圧倒されるよ、ホント」
「……君だって女子高生だったじゃないか。ほんの数年前まではさ」
あたしの発言に呆れたように言う。
そりゃそうなんだけどさ。
「いや、まぁ、そうなんだけど。卒業してもう6年だよ? もうあのノリにはついて行けないよ」
市田だってそうでしょ?と。
「……まぁ、そうかもね。今、あのノリで遊べって言われても正直、困るか」
「でしょう?」
「部活したあとで、カラオケオールとか合コンとか、今思うとかなりきついなぁ」
……なんですと?
予想外の市田の台詞に驚く。
校則とか法律とか、キッチリ守るタイプだと思ってたんだけど。
ましてや、合コンとか。
(高校の時ってのが、ねぇ)
「あ、柴崎君に連れ回されて、とかだから。人数合わせに、とかさ」
「……へぇ?」
慌てて取り繕う市田を尻目に、パスタを平らげる。
グラスのレモンを絞ったミネラルウォーターを飲み干して。
「まぁ、いいけどね。ちょっと意外だったってだけだから。……ごちそうさまでした」
「……いいの? 足りた?」
「うん。大丈夫」
皿とグラスを持って立ち上がった。




