夜空に舞う粉雪 21
ちらちらと雪が舞う。
夜空から落ちてくる白い結晶は、風に煽られては行き先を変え、静かに地面へ降り積もっていく。
冷気をまとい、荘厳にそびえ立つエカルラート邸。
その白く染まった庭園を、無数の具足が踏み締める。
彼らが掲げる旗は、雪風に大きくはためいていた。
エカルラート邸の晩餐室では、暖炉が燃え、巨大な食卓に料理が並び、楽団が優雅に音楽を奏でていた。
「今年も一族の繁栄を願って、乾杯」
同じ言葉が続く。
天井に吊るされた豪奢なシャンデリアが、高く上げられたグラスを燦然と輝かせた。
年の明けに行われる晩餐会は、エカルラート一族が一堂に会する盛大な饗宴。
「昨年は収穫量が良かったので、今年は税率を二割引き上げようかと――」
「表立った動きはありません。二、三気になる家はありますが――」
「子供は素直で、覚えも早い。余計な疑問を持たせなければ、実に扱いやすく――」
「兵数、装備ともに例年通り。近隣諸侯との小競り合いを想定して――」
前年の成果を総括し、新年の計画を確認する、年に一度の会合でもあり、
「やっぱり薬を使うとだめねぇ、すぐに駄目になっちゃって――」
「赤眼持ちの子がうらやましいわ。うちの子ったら、この間やっと生き物を殺せるように――」
「鞭ならその店がお勧めよ。音が違うわ。縄は新品のものより使い古したものの方が――」
似た環境で育った、同じ趣向を持つ者たちの、交流の場でもあった。
格式高く、華やかな晩餐会は、穏やかに進む。
その景色を上座でつまらなそうに眺めるアレクシウスの元に、側近のルーエンが近づいた。
アレクシウスは耳打ちされた報告に片眉を僅かに上げる。
「……本物か?」
「はい。監視塔からの報告通りです。甲冑の仕様、隊の編成様式からして、間違いないかと。掲げる旗の紋章にも細工は見られませんでした」
ほう、とアレクシウスは薄ら寒く笑った。
音もなく立ち上がる。
たったそれだけの動作で、そこにいる全ての者が彼を見上げる。
「先触れ無しの無礼な来客だ。我々らしく、丁寧にもてなして差し上げようじゃないか」
アレクシウスが口角を上げると、みな同じように嗤った。
リリアーナは、なんだか手が温かいなと思った。
途方もないくらいの時間をかけて、誰かに握られているのだと気づいた。
もしかして――。
なんて、ありえない奇跡を期待して、その手を握り返す。
すると予想以上に強い力で握り返され、驚く。
そして、ふわふわとした心地よい浮遊感から、強く引き上げられる感覚に、戸惑う。
「もう起きなさい」
誰かに背中を押された気がした。
ゆらゆらと、湖面が揺れている。
それは小さな雫となって溢れ落ちてきて、ぱたぱたと頬に当たった。
くすぐったい。
「僕も連れて行ってください」
どこに?
そう聞き返そうとしたけれど、口からは乾いた音しか出なくて。
「…………リリアーナさま? リリアーナさま! 生きて! 生きてください! 僕を一人にしないで!」
どうしてこの子がここにいるのだろう。
そんな疑問が浮かぶよりも先に。
わああああん、とまるで幼い子供みたいな泣き声につられて。
リリアーナの両目からも、ぽろぽろと雫がこぼれた。
泣いたってどうしようもないからと、リリアーナはむかしむかしに泣くことをやめた。その意地みたいな意思は、リリアーナを少しだけ強くしてくれた。
一度でも泣いてしまえば、なにもかも、崩れ落ちてしまいそうだったから。
でも。案外、大丈夫なようだ。
「眠り姫はお目覚めか!? 意識があるなら早くこれをどうにかしてくれ! 血族じゃないと開かない術式が組まれてるんだこの扉! くそっ、外側からは簡単に開く所が悪趣味極まりないなこの家は!」
「そこをなんとかするのがあなたの役割でしょう!」
「そんなわけあるか!! おい、お姫さま、聞こえてるか?! このままだとみんな仲良く壁に挟まれて死ぬんだが!?」
感覚麻痺を解いた途端に飛び込んできたのは、腹の下にまで響く地響きと、耳をつんざくほどの怒鳴り声。
(う、うるさい……)
遅れて倦怠感と飢餓感に襲われる。でも今はそれどころではないらしい。
リリアーナは自分を抱き抱えているイオの耳元に囁く。
「わた、し、の手を、壁に、つけて」
短く返事をしたイオは、指示通り、じりじりと迫ってきている石壁にリリアーナの手のひらをつけた。
すると壁の動きがピタリと止まる。
「その、扉は、血族なら開くと、そう見せかけて、あるだけ。鍵を開ける、必要はない」
砂埃が舞う狭い空間の中で、リリアーナの小さな声に耳をそばだてていた男が「なるほど」と頷いた。
ドガンと鉄の扉をぶち抜く音がして、地下に空気が流れ込む。
ひゅうひゅうと耳を通っていく風の音と、生々しい外の匂いが、五感を戻した体に染み入る。
どうしようもないほどの開放感に、リリアーナはまた、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。




