宵闇と明星 16
「この試験に合格したら、私はどうなるのですか?」
「恒例通りだ。八議席の一席が空いている。俺の臣下としての最初の仕事は、お前の出生を知る全ての関係者を処分してくることだ」
リリアーナは手のひらを爪が食い込むほど握り込んだ。
皮膚が裂け、指の隙間に怒りが伝う。
アレクシウスも、オリーヴィアも。
人の命に対して、簡単に処分という言葉を使う。
それを当たり前にしているこの家の風習が、教育が、大嫌いだった。
幼い頃、これを内側から変えていこうと足掻いていた時期がある。
けれども、リリアーナはもう知っている。
どれほど言葉を尽くしても、分かり合えない人間は存在する。
(私はもう子供じゃない。あの時と同じことを、もう、繰り返したりしない)
あの時も、こうすればよかった。
リリアーナは魔力を最大出力で体外に放出する。
術式を組んでいない純粋な魔力は、その容量が少ない人間には圧力として空気に伝わる。数人の家臣と弟妹が床に膝をついた。
アレクシウスは玉座にかけたまま、面白そうにこちらを見下ろす。
リリアーナは胸を張った。
「この試験結果に、エカルラート家の印章を押印した誓約書を書いていただけるのですよね?」
「ああ。いいだろう」
「いかなる反故もありませんか?」
「もちろんだ」
リリアーナはくっと口角を上げた。
「よかった。では」
床に投げ捨てられていた短剣を、片足で踏み砕く。
魔力を込めた踵が、鋼を鉄屑に帰した。
その衝撃音が謁見の間に轟然と鳴り響く。
「八議席入りなどごめんです。オルタンシアが娘、私ただのリリアーナは、エカルラート当主の命に従うくらいなら、罪人でかまいません。この命、お好きにどうぞ」
広がったドレスの裾をふんわりと掴み。
大理石の床に亀裂を入れた足を、優雅に後ろに下げて。
リリアーナは完璧な淑女の礼をしてみせた。
コツコツ。カツカツ。アレクシウスの一声で、謁見の間にいた家臣たちが退出していく。リリアーナはこうべを垂れたまま、静かにその足音を聞いた。
「お前たちも出て行け。オリーヴィア。お前もだ」
「あら? 他の子はともかく、私にはあなたたちの行く末を見守る権利があるのではなくて?」
「そんなものはない。お前の気まぐれな道楽を、俺が利用してやったまでのこと」
「……ふん。私は兄想いですから、そう言うことにしておいて差し上げますわ」
オリーヴィアは足音一つ立てずにその場から去っていく。リリアーナの近くを通り過ぎていく際、「またね」と囁かれ、鳥肌が立った。
重厚な両扉が閉まり、謁見の間は静まり返る。
リリアーナは身を翻しイオに駆け寄った。
呼吸と脈拍を確認し、頭部に触れる。出血は見当たらない。投げ捨てられた時に、鈍い音がした。迷わず魔術を展開し、打撲による損傷を治療していく。
「奴隷相手に過分な処置だな」
その冷ややかな声を、リリアーナは無視した。
体の状態も確認していく。外傷がない。薬か何かで眠らされているのだろう。リリアーナは鼻の頭に力を入れながら、イオの四肢を縛る縄を解いた。
「それを置いてこっちにこい」
視線だけくれてやる。アレクシウスはこちらを見てもいなかった。尊大に脚を組み、側近から手渡されたのだろう書類に目を走らせている。
「お前が望んだ誓約書だ。サインしろ」
リリアーナは無言で立ち上がり、玉座前の階段を上がった。
側近を介して手渡された誓約書には、先述されたアレクシウスの言葉が、それらしい文言になって記載されていた。こんな紙切れが、これからリリアーナの一生を奪う。
「ひとつ、書き加えて頂きたいことがございます」
「……言ってみろ」
ただの首枷にはさせない。
「今後、当主さまは、私に関わる者たちに対し、臣下に害を及ぼさせないこと。もちろん、当主さまご自身も。片方だけを縛る誓約書など、正当ではありません」
「リリアーナ。お前のそれは弱さだ。昔も今も、お前は何も成長していない。手の内のものを切り捨てる覚悟を持たないから、こうして利用される」
「利用している方に言われると説得力がありますね」
「ふっ……今、どんな気分だ? 言ってみろ」
「当たり前に最悪の気分ですが。それで、書き加えてくださいますよね。まさか、人質をとらなければ私を屈服させられないなんて仰いませんよね。私は、弱い人間ですものね?」
精一杯の虚勢だった。
「いいだろう。但し該当者は三名までだ。ルーエン、書き加えろ」
短く答えた側近が、その場で書き加えていく。
初めにアレクシウスが内容を確認して、次にリリアーナが見る。
「承諾します」
「はっ、その顔が、後悔に染まる時を楽しみにしている」
後悔はしない。ただ、絶望はする。
昔から、アレクシウスはリリアーナが嫌がることをするのが好きだ。
「……お兄さまは、私をどうしたいのですか」
リリアーナは気づいていた。ただ、認めたくはなかった。
自分を見る、冷たい赤の、その奥底に隠された感情。
それは家族に向けるような、温かなものなんかじゃなくて。
「……そうだな。俺の手で壊してみたかった。だから、あまり簡単に壊れてくれるなよ」
それは狂気に似た、執着。
この家の、人の愛し方は、歪んでしまっている。




