宵闇と明星 14
しれっと虐待描写があります。
苦手な方は読み飛ばしてください。
完璧だ。素晴らしい。お前ほど、エカルラートの者として相応しいものはいない。
そうなるべくして育てられたのだから当然だ。
少年はひどく冷めた気持ちで、周りの大人たちからの称賛を浴びていた。
言われたことを言われた通りにこなしていく。たったそれだけのことで、天才だ優秀だ神童だと讃えられる。つまらなさを感じるほどだった。
「私たちは、特別な存在だ。凡人を正しく使い導く立場にいる。そして選ばれし者は、万物において孤高でなくてはならない」
当主である父の言葉は、すんなりと少年の胸に落ちた。
特別な力を瞳に宿す者。なるほど確かに自分たちは、選ばれし存在だ。
人生をつまらなく感じるのは仕方のないことだと、少年は退屈をあっさりと受け入れた。
乗り越えるべき挫折も。立ち向かうべき困難も。
何ひとつ直面することなく、少年は青年になった。
エカルラートの子供たちは皆、十二歳になると必ず行う通過儀礼がある。
試験と呼ばれるそれの内容は、幼少期に与えられた従魔を、どれほど有能に育てられたのか、というもの。
いかに従順に育てたかが重視されるが、もちろん従魔の技能の面でも評価はされる。
「オルタンシアが娘、リリアーナ・エカルラート。始めます」
幼くもよく通る声だった。
大人たちの無遠慮な視線にも臆することなく、凛と前を見据える姿は気高さを感じさせる。
自分と同じ色の瞳を持つ妹を、青年は興味深く眺めた。
言葉を交わしたことは、数えるほどしかない。
家族としての繋がりが希薄なこの家では、兄妹そろって顔を合わせる機会は年に一度の晩餐会だけ。
青年は次期当主としてその場に立ち合っていた。のちに自分が従えることになる弟妹を、見定める必要があるのだそうだ。
一昨年、同じ赤眼持ちである次女が行った試験内容も、見事なものだった。
エカルラートの血を引く者は魔術師として秀でている者が多い。その中でも赤眼持ちは抜きん出ている。
そしてやはり、リリアーナの試験内容も秀逸だった。
白い毛並みをもつ従魔に術式を組み込み業火を吐き出させた時などは、試験官に言葉を失わせた。
リリアーナは十ある試験科目のうち九までを、周囲に絶賛されながらこなしていった。褒め称える言葉に顔色ひとつ変えないその姿は、歳不相応に諦観している。まるで、かつての自分を見ているかのようだった。
そして最終試験。
リリアーナなら難なくこなせるだろうと、誰もが信じて疑わなかった。
「嫌です。やりません」
はっきりと、リリアーナは声高らかに宣言した。
凍りついた会場で、一番に声を上げたのは当主だった。
「やりなさい」
冷たく突き刺すような一声に、周囲の人間が小さく震え出す。声に魔力がこめられていた。
「嫌です」
まともに威圧を受けている筈のリリアーナは、それでも平然と答えた。すました顔で、手渡されていた短剣を遠くに放り投げる。
青年は興味深く成り行きを静観した。
当主が重厚な椅子から立ち上がり、リリアーナに向かって歩き出す。
「いかなる理由があれど、これに合格しなければ、お前はエカルラート家の者として認められない」
「かまいません」
パンッと軽い音が響いた。
頬を打たれたリリアーナは、それでも怯むことなく当主を見据える。その足元に寄り添っていた従魔が、主人を害した存在に飛びかかった。
「ほら、わたしの子、こんなに優秀なのですよ。この子はわたしの財産です。自ら育んできた財を、自らの手で切り捨てる程、わたしは愚かではありません」
従魔が当主に呆気なく無力化されるのを眺めながら、青年は「できません」ではなく「やりません」と断言したリリアーナに感心した。
「これがエカルラートの伝統だ」
けれどもこの家では、当主の命令は絶対だ。
この最終試験では、感情を制御しきる精神力と、いかなる命令をも完遂するという忠誠心が試されている。
「伝統だから? くだらない。人は移ろい、情勢は変化していくもの。時代の変化に適応できなければ、いずれは孤立し、時世から取り残されていくだけ。変革を忌避していては、進化は遂げられませんよ。こんな非生産的で時代錯誤な伝統、廃止した方がいいですよ」
リリアーナが周囲に向ける、憐れむような視線に、青年は瞠目した。
バシンッ! 反対側の頬を強く打たれ、その勢いで地面に倒れる。唇を噛んだのか、口端に血が滲んでいた。
「そんな屁理屈が私に通用すると思っているのか。お前は赤眼持ちなんだぞ。立て。ナイフを拾ってこい」
「嫌です」
リリアーナは短剣が落ちている方向に蹴飛ばされた。
少女が実父から暴行を受けている様子を、皆が固唾をのんで見守る。その光景に、誰も何も言わない。止めもしない。この家の中では、エカルラート当主が絶対的支配者なのである。
「父上。これ以上は時間の無駄です。それは不合格でいいでしょう」
「だめだ。合格させる」
「娘思いなのは結構ですが、それ以上は親馬鹿が過ぎますよ」
「……なんだと?」
ギロリと睨む目を、サラリと受け流す。この男に子供を思う情などないことは、とうに承知している。
このままでは、リリアーナは処分される。
「一族として認めない。それはそれで利用価値があるでしょう。赤眼を増やすための道具にしてもいい」
青年は落ちていた短剣を拾い上げ、その切先をリリアーナに向けた。
「無益になれば俺が処理します」
赤黒く腫れた頬に、乱れた髪。
見苦しい姿をしているのに、なぜか美しいと感じた。
こちらを静かに見上げる瞳も、自分と同じ色をしている筈なのに、どこか違って見える。
ふと、取り乱した顔が見てみたくなって、手にした短剣をリリアーナの言う財に向かって投げ刺した。
「なっ……!」
驚愕に見開かれた瞳に、何かが満たされる。
「お前の試験は終わりだ。これからは、俺の駒としてせいぜい役立って見せろ」
その瞳に浮かぶであろう畏怖を期待して、頬が緩む。
「……喜んで。アレクシウスお兄さま」
リリアーナはその殊勝な言葉とは裏腹に、侮蔑の視線を向けてきた。
胸の奥がざわざわと揺れる。
それは生まれて初めて感じた衝動。
青年は、ただ漠然と、これが欲しいと思った。




