-63- 負けるが勝ち
負けることによって安らぎが得られる場合があります。私達の国をご覧になればよくお分かりのことと思います。最近は戦後八十年となり憲法改正など、少しきな臭い話題も出てきていますが、それでも、無条件降伏で負けたことにより、普通では得られない平和な安らぎが国に生まれたからです。
ここは、とある囲碁会館の幽霊の間である。幽玄の間ではない。^^ 高段者のアマチュア棋士が二人、プロ棋士を真似て囲碁の対局に臨んでいる。アマチュアの対局といっても本格的で、棋譜係や時計係を控えてのプロを真似ての対局である。
「高桑五段、残り、一回です…」
三十秒が経ち、時計係は静かに声を出した。高桑五段は一分を使い、読み進めた。
「五十五秒、五十六秒、七、八…」
高桑五段は時間に追われ、パシッ! と、石音高く打ち据えた。どうも盤面の中央が馬草場となりそうで地合いは広げられない展開なのである。となれば、寄せ勝負の五目前後の地しかなく、大して地を増やす場もない…と、高桑五段は考えた挙句、最大で先手五目の手を打った。だが、それが負ける敗着となったのである。対戦相手の絹田四段は読み終えた、手になる一着の石を静かに盤上へ置いた。
『アッ! …』
高桑五段は気づかなかった読み筋に気づき、心で失着を悔いた。が、時すでに遅し、である。その後、絹田四段は読み筋どおりの手を冷静に打ち進めた。しばらく打ち進んだあと、高桑五段は負けを悟り、軽く頭を下げ、盤面の片隅に石を置いた。
「絹田四段の中押し勝ちでございます…」
棋譜係が静かに呟声を出して軽く頭を下げた。同時に時計係や絹田四段、高桑五段も軽く頭を下げた。このとき、負けた高桑五段に、どういう訳か安らぎの心が芽生えたのである。
『ははは…私もまだまだ、だな…』
アマチュアだから当然なのだが、高桑五段は負けることにより、奢らない心の安らぎを得たのだった。
負けることにより安らぎを得て、勝つこともあるんですね。^^




