第15話 救世主
あたしとクリーズさんが社交場に出てから二ヶ月。
国の宰相を務めているザームという人物が失踪した、という話を耳にした。
元々国のお仕事にほとんど関われていなかったあたしだけれど、クリーズさんとの婚姻話が進んでからは彼と共に暮らしており、なおさら内部事情には疎い。
ザームさんとも幾度か会話した程度だったものの、行方知れずとなれば気にかかる。
不安がるあたしに、クリーズさんは優しく微笑みかけた。
「義父上に話を聞いたが、まだザーム氏の足取りは掴めていないそうだ。けれど大丈夫、必ず上手くいくよ」
「……はい。ありがとうございます」
慰めてくれているのは分かったが、上手くいくという言い回しには違和感を覚える。
胸の奥に引っ掛かるものを感じながら、さらに一ヶ月が経過。
結果として、ザームさんは見つからなかった。
宰相の席は空白のまま、現在は国軍を率いていた将の人物が代理的に役割を担っている。
ただし、彼も門外漢。色々と苦労する中で、補佐としてクリーズさんが手を貸すようになった。
クリーズさんはとても優秀で、政治に関わる執り仕切りがとても上手いらしい。
お父様もすっかり気を良くして、ひと月もすれば将軍より彼を頼るようになっていった。
クリーズさんが内政に直接関わるようになったことで、曖昧にしていた結婚についてお父様から決断を迫られるようになる。
外部の人間が宰相の仕事をしているのは世間体に関わるので、はやくあたしの家族になるべきだと言うのだ。
結論を引き延ばすのも限界だろう。
クリーズさんはたしかに優しい。彼を受け入れて大人になるのが、あたしに課せられた使命なのかもしれない。
事態はさらに急転する。
ザグレーン軍と魔物の争いが起きて、その最中に将軍が討たれたという。
前線にはクリーズさんも出ており、奮闘のおかげで最終的に敵の魔物たちは撤退。けれど将の逝去は人々の胸に刻まれ、国内には不安の空気が充満していった。
あたしはお父様に呼び出される。
「ミンテ、国民には幸せな話題が必要なのだ。分かるな?」
ああ。結局、あたしは対外的な見え方のために消費される運命らしい。
でも今回ばかりは仕方ない。将がいない以上、次期宰相はクリーズさんでほぼ決まり。となれば早いうちに身内になっておくのが得策。
そこに第二王女と勇者の結婚という華々しい話題がついてくれば、きっと国民は盛大に祝福してくれるだろう。
あたしは静かに頷いた。
「あたし、クリーズさんと結婚します」
◇
こうして、ようやくあたしは決断した。
自由はなくなるが、元々何をやっても半人前な身の上。これからは勇者の妻という肩書きで、お飾りの姫君を演じていくだけ。
そのはずだったのに。
「……誰、ですか?」
ある夜。あたしの部屋に一人の男が現れた。
大きな剣を背負った戦士。武器に見合った大柄な人物で、冷ややかな瞳をこちらに向けている。
就寝前の部屋は暗くて、顔がよく見えない。知り合いでないことだけは何となく分かった。
「第二王女のミンテ・ザグレーン・メリーノか」
「は、はい……」
名前を呼ばれて、あたしの顔が強張る。
向こうはこちらを知っている。ということは、誰かに差し向けられた刺客かもしれない。
でも、あたしを殺しても何にもならないと思った。悲しむのは兄たちだけで、お父様やクリーズさんは泣いてくれない気がする。
そう思うと、見知らぬ来客に対する恐怖は薄れてしまう。
「何か御用ですか?」
「おいおい。こんな状況で質問とは、随分と余裕ぶった態度だな」
たしかに、相手が賊であればこの返答はおかしいのかもしれない。
もっと泣き叫んだ方がいいだろうか。そうしたいとは思えないけれど。
「あたし、あまり自分に価値を感じないので……。誘拐されてもお父様は見捨てるでしょうし、殺されたって国に影響はないですから」
自嘲気味に笑う。
すると、意外にも男の表情が少し曇った。
同情されている? だとすれば、なんて心優しい侵入者なのだろうか。
臆する相手ではない気がして、あたしは言葉を続ける。
「殺すつもりなら、どうぞ」
「アンタ、正気か? 言っておくが、俺は女子どもだろうと容赦しないぞ」
言いながら、彼は背中の大剣をゆっくりと抜く。
その動きと発言が、何処か無理をしているように感じられた。声色に変化があった気がする。
誰彼構わず始末する人間には思えず、直感的にあたしは問いかけた。
「……あたしを殺しに来たんじゃないんですか?」
「どうしてそう思う?」
「さっきの言葉、ちょっとだけ声のトーンが落ちた気がして。嘘ついてるのかなって」
彼がちょっとだけ目を見開く。多分、あたしの予想が当たったんだろう。
観念したように、彼は告げた。
「そうだ、俺の暗殺対象はアンタじゃない」
暗殺。
じゃあ、危険な人物だったんだ。我ながら綱渡りな対応をしていたことに驚く。
でも何故だろう。彼に殺されるビジョンはまったく浮かばなかった。
「俺はある依頼を受けて、アンタが結婚する予定の男を始末しに来た」
「クリーズさんを? なんでですか?」
馴れ馴れしくも、暗殺者さんに質問する。
そして彼も、面倒くさそうにしながらしっかりと答えてくれる。律儀な人だ。
「宰相や将軍を殺したのはあいつだ。それを知って、勇者クリーズ暗殺を依頼してきた奴がいる」
「ああ……そうだったんだ」
言われてみると納得のいく答えだった。
これまでの結果は、すべて彼がザグレーン王国次期宰相になるための足掛かり。
宰相と将軍が死んで誰が喜ぶかなんて一目瞭然だ。
でも、その事にいち早く気づいたのは誰だろう?
お父様はクリーズさんに信頼を置いているので彼を疑ったりしない気がする。
であれば、予想できる人物は?
「依頼主は、お兄様かお姉様ですか?」
今度こそ、驚愕の眼差しで暗殺者さんがあたしを見た。
「よく分かったな。まさか、女神の加護か?」
「ち、違いますよ! あたしが勇者様なんて! ただちょっと隠し事に敏感なだけです」
ほう、と彼は興味深そうに声を漏らす。
そして、今度はこちらに向けて訊いてきた。
「質問だ、王女ミンテ。アンタ、生きるつもりはあるか?」
問いかけの意図が分からず、首を傾げる。
この人は無闇な殺生をしないとあたしは直感していたが、そうは言っても直接姿を見た相手を放っておいていいのだろうか。
彼は溜め息をついて話を続ける。
「俺の依頼主は第二王子だ。やつはアンタが政治利用されるのを嫌い、俺が殺した事にして逃がして欲しいと言ってきた」
「ネイロスお兄様……」
お父様にはあまり愛されなかったけれど、あたしは兄弟に恵まれていた。
今更ながら嬉しくなってしまう。
ならば、せめてあたしは生きなくてはいけない。それが報いることになると信じて。
でも、一人で逃げ出して暮らしていけるだろうか。不出来な自分を、あたし自身信用していない。
そう思った時、自然と言葉が口から溢れた。
「……じゃあ、あなたがあたしを連れて行ってください」
「ハア!?」
暗殺者さんは仰天していた。
頭のおかしい相手を見るように、こちらを睨んでいる。実際、これからクリーズさんを始末する殺し屋にこんなことをお願いするなんて非常識に違いない。
けれど躊躇いはなかった。
此処から抜け出す希望を、彼に見出したから。
「お願いします。嘘を見抜く力で、きっと役立ってみせますから」
まっすぐ、彼の目を見据える。
長い逡巡。
彼は自分の髪を掻き、何やらぶつぶつと独り言を呟いてからあたしに向き直った。
「……クリーズを始末したら戻る。一旦頭を冷やして、もう一度考えろ」
「ふふっ。分かりました」
あたしの考えはもう変わらない。もう一度考えるのは彼の方だろう。
にっこりと微笑んで、あたしは聞く。
「そうだ! お名前を教えてくれますか?」
彼は嫌がる顔をしつつも、結局きちんと答えてくれた。
「オルクだ。<死神オルク>と呼ばれている」
オルクさん。
あたしを救い出してくれる人の名前を、心に刻んだ。
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