第16話 優しい嘘つき
こうして、オルクさんとの二人旅が始まった。
表向きは冒険者として、各地の依頼を請け負いながら歩んでいく日々。
オルクさんは計画性のないその日暮らしを好んでいて、おかげで金銭の管理は杜撰だった。
あたしは戦いに参加したりできないのもあって、自然と彼の生活をサポートするようになっていく。
「いいですかオルクさん! 貯蓄が増えれば生活が豊かになるんです!」
「金は使ってこそ豊かになるだろ。それに、ガキが金の心配ばっかするな」
「ガキ!? あたし、これでも結婚まで決めた淑女なんですけど! お姫様なんですけどー!」
「その結婚相手は死んだし、家出したお前はもう姫でもなんでもねぇよ」
「……じゃあ今のあたしは、オルクさんの保護者とかですか?」
「なんでお前が親側なんだよ!」
そんな他愛もない話を繰り返しながら続ける旅は、窮屈な王族社会とは全然違って。
あたしはオルクさんとの時間を何より素晴らしいものだと実感した。
……もちろん、良いことばかりではないけれど。
オルクさんは暗殺を遂行する裏稼業が本来の仕事。一緒に過ごしていれば、血生臭い場面にだって遭遇する。
彼は陰惨な光景をなるべく見せないようにあたしを宿に残していこうとしたり、遠くで見守るように手を回してくれた。
「ガキが近くでウロチョロされると邪魔だ」
とかなんとか言っていたけれど、結局あたしを案じてくれてるんだと分かる。
でも、待っていると彼一人に罪を背負わせてる気がして、あたしは人の命がかかっている現場であろうと出来る限り一緒にいることにした。
勇者クリーズを殺してもらったのに、自分だけ安全圏にいるのは違うと思ったのだ。
「うぇ……ちょ、ちょっと待ってください。気分が……」
「だから待ってろっつっただろ」
でも、やっぱり人の死には慣れなかった。
遺体を目の前にすると、どうしても吐き気がこみあげてくる。
返り血を浴び、無機質な目を向けるオルクさんに恐怖の感情が芽生えたこともあった。
「ほら。水やるから、ちょっと休め」
「うぅ……ありがとうございます」
携帯していた水を受け取り、あたしはひと息つく。甘えてしまっているのが申し訳ない。
そんな日々を繰り返して、だんだんと分かってきた。
これほど優しい人が、自らの手で他人を始末することに躊躇いがないのは何故なのか。
いつも平気な顔をしている彼は、本当はどう思っているんだろう?
旅の中でそんな疑問をぶつけた。
「オルクさんは、どうして暗殺任務をしているんですか?」
「あ? 俺の力が<勇者殺し>なのはミンテも知ってるだろ」
「それは分かってるんですが……。でも、力を使わなければ一般人として生活できるはずなのに」
オルクさんは誤魔化そうとしたけれど、あたしがしつこく食い下がると観念したように話してくれた。
貧しかったけれど楽しく暮らしていた故郷のこと。
その村が頻繁に魔物の被害に遭っていたこと。
そこに勇者一行が現れて、彼らに頼ることを決めたこと。
なのに勇者は、人を喰らって成長する魔物を見逃して討伐報酬を増やす判断をしたこと。
「村は壊滅状態。魔物から逃げて隠れていた俺は偶然生き残ったが、何も出来ない自分を呪ったんだ」
「オルクさん……」
「そうしたら、女神の加護が俺に能力を与えた。もっと早く寄越せと女神を恨んだりもしたが、同時にこれは復讐のチャンスだと思った」
ギロりとオルクさんがあたしを睨む。
「だから俺は勇者を殺す。村を見捨てたあいつだけじゃない、この世界で堕落するすべての勇者を始末するのが、この力を与えられた俺の役目だ」
だから、危険な俺の旅にこれ以上深入りするな。口には出さないけれど、そんなことを言っている気がした。
でも、話しているオルクさんの瞳は凄く辛そうで。
あたしは思わず口にしていた。
「じゃあ、あたしがオルクさんを支えます」
その言葉に、彼は困った顔をする。
意図と違う受け取り方をされたんだから当然だ。
「支えなんていらねぇよ」
「そんなこと言っても、あたしに嘘は通じませんよ」
はじめて会った時からずっとそうだった。
容赦しないと言いながら、オルクさんはあたしを救ってくれた。本当ならば目撃者なんて始末した方が良いに決まっているのに。
お兄様の依頼だから仕方なく? いや、それでも旅の同行まで許す必要はない。
あたしの観察眼をアテにして? そんなものが無くてもオルクさんは困らないはず。
色々と考えたけれど、彼の旅を目の当たりにするうちにあたしは結論を導き出した。
「オルクさん、本当は寂しいんですよね」
にっこりと笑顔を向ける。
この人は独りなんだ。自分の無力さを嘆いた結果、周りにいる誰かを傷つけないために無理して独りを演じている。
そんな彼に寄り添えるのは、帰る場所の無くなったあたしだけじゃないかと思った。
彼は嫌そうな顔をしたものの、溜め息をつくとぶっきらぼうに告げる。
「そう思うなら、勝手にしておけ」
否定はしない。それが何よりの答えだ。
こうして察することはできるけれど、いつかは彼の本音も聞きたい。
「勇者になった人の悩み、あたしに全部は分かりません」
「だろうな」
「でも、分かるようになります。時間が掛かっても」
「なんだそれは。ずっと一緒にいるつもりかよ」
「そうですね。嬉しいでしょ?」
「やめろ気持ち悪い」
本当は気持ち悪いなんて思ってない癖に。
寂しがり屋で、優しい嘘つき。それがオルク・フェブルスだ。
「それに、オルクさんみたいな人がいるんです。きっとどこかに良い勇者さんもいて、オルクさんが始末する必要がない世界も作れますよ」
「……勇者に夢を見るのは止めておけ」
良い勇者を信じていないオルクさんは、不貞腐れたように言う。
でも、あたしは諦めたくない。あたしでは勇者の悩みを受け止めきれないかもしれないけれど、同じ勇者ならきっとオルクさんを支えてくれるはず。
「あたしは、会えると信じていますから」
その言葉をオルクさんは鼻で笑った。
そんな彼自身が勇者の善性を誰よりも信じたいんだと、あたしは知っている。
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